ほかのお客さんに見られた…でもなんかおかしい
そのとき私が思い出したのは、「カラオケのドアに窓がついている理由」って話。
カラオケボックスは個室になるので、中でよくないことが起きていないか、店員さんが見回りを兼ねて覗くことがある、と聞いたことがあった。それは性的なことだけじゃなく、治安的なことも含めて。
“うわ、店員さんかな、ほかのお客さんかな……”
なんにせよ。はっきりと彼氏とイチャイチャしているところを見られてしまった。
“いい歳して恥ずかしい……”
そう思うと固まってしまった。
だけど……なんかおかしいのだ。
固まっていると、その窓からこちらを見ている人は、部屋に入ってくるでもなく動くでもなく、ただただジーっとこっちを見ている。
“なんか気持ち悪いな……”
そして、ふとおかしなことに気づいた。
縦に細長いガラスなのだから、磨りガラス部分の上から覗いていたとして、この真ん中の磨りガラスの向こうにも、なんとなくでもいいから体が見えていてもおかしくないのに、それが全く無いのだ。
そして、磨りガラス部分の下のクリアなガラスの向こうに……足もない。
“……え!? どういうこと!?”
不可解な恐怖を感じていると、その細長いガラス部分は開け閉めができるようなものでもなく、固定されているはずなのに、その磨りガラス部分の上のガラスから、顔がにゅーっと中に入ってきた。
“ぎゃっ!!!”
声にならない悲鳴を上げ、慌てて壁に手を伸ばし、ルームに備え付けの受話器を取ろうとしたが、床に落としてしまった。
あああああああ。恐い。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
入ってきたその顔は、ジーっとこっちを見ている。
そして突然、顔が引っ込んだ。
その直後に、受話器が外れっぱなしになっていたことからか、フロントの人が心配してかけつけてくれた。
私が「覗いていた人がいたんです!」と事情を話すと、
「ああ、そういうことってありますよね〜」と店員さん。
彼氏が「いや、そうじゃなくて……」と店員さんの言葉を遮る。
窓があるのに顔が入ってきたのだ。ありえないのだ。それを説明した。
その店員さんは、私たちを疑うことも、バカにすることも、頭がおかしい人扱いすることもなく、ただ「そういうことってありますよね~」と繰り返すのみ。
感情のない店員さんから「どうしますか? 部屋を変えますか?」と聞かれたけど、さすがに怖くて店を出ることにして、レジで精算してもらった。その店にはそれから行っていない。
あれから、彼氏ともなんとなくその話はしていない。たぶん、彼もなにかの見間違いだと思いたかったのだと思う。もちろん、人目につく場所でイチャイチャするのもやめた。
「そういえば……」と、カラオケ店から出たあとで彼が言った。
「いちおうレジ中にあるモニターで、廊下の監視カメラ映像を見せてほしいって頼んだんだけど、断られたんだよね」