ヒンドゥー教とイスラム教の対立を利用したイギリス

ここからは、イギリスの植民地になったインドの歴史的経緯を見ていきましょう。

16世紀の大航海時代を通じて、アジアに進出したイギリス。18世紀中頃からインドへの進出を始めます。1858年、イギリスはムガル帝国を滅亡させ、イギリス国王がインド皇帝を兼ねる「インド帝国」が成立します。イギリス本国がインドを直接統治する、いわば植民地となりました。

イギリスによる植民地支配の特徴は、道路や水道などのインフラを整え、警察制度の整備と英語教育に重点を置いた点にあります。インド人を教育し、現地の治安はインド人自身に担当させたのです。映画のなかでも、警察官を務めるラームは流暢な英語を話していました。

また、イギリスはインド統治にあたって、ヒンドゥー教とイスラム教(ムスリム)の対立を利用しました。16世紀頃から、イスラム教の「ムガル帝国」がインドを支配していたため、インド国内にはイスラム教徒とヒンドゥー教徒が混在している状態でした。

イギリスは敢えてイスラム教徒とヒンドゥー教徒を対立・分断させます。インド人が協力し合い、独立運動に発展することを防ぐためです。この宗教間のわだかまりは、現在のインド(ヒンドゥー教)とパキスタン(イスラム教)の対立につながっています。

映画において、ビームが偽名として使った「アクタル」は、ムスリムの名前になります。ヒンドゥー教のラームと、イスラム教のアクタル(ビーム)が友情を育む姿は、宗教の共存を訴えるラージャマウリ監督の隠れたメッセージを感じることができます。

▲ニューデリにある大統領官邸 写真:AlexAnton / PIXTA

19世紀後半、世界は帝国主義時代に突入します。国家として全盛期(パクス・ブリタニカ)を迎えたイギリスは、インドに対する植民地支配をさらに強化したのです。産業革命が起きたイギリスでは綿製品を製造するため、原料となる大量の綿花がインドから運ばれることになります。

もともと優れた綿製品を作っていたインドの綿産業は壊滅し、インド経済は深刻なダメージを受けました。インド側の激しい反発を予想したイギリスは、インド人の出版を禁じて言論の自由を制限した「土着語出版法」、インド人の武器所持を禁じた「武器取締法」を矢継ぎ早に制定していきます。

1883年、インドの独立を掲げる「全インド国民協議会」が結成されるなど、インド人による反イギリス、独立運動が高まりを見せるようになります。この動きに対抗するためイギリスは「インド国民会議」を開催。インド人を懐柔するための組織でしたが、イギリスの思惑を超えて、インド国民会議は反イギリス運動の中心的な組織へと変貌するのです。

その原因は、約束を裏切り続けたイギリスにあります。1914年、第一次世界大戦が始まると、予想以上の苦戦を強いられたイギリスは戦後の独立を約束する代わりとして、インドからの戦争協力を取りつけます。多数のインド兵がヨーロッパ戦線に送られましたが、第一次世界大戦後、独立の約束は守られませんでした。そして、あのガンディーらを中心とした独立運動が本格的に始まることになります。

ボリウッドはインドのアイデンティティ

ガンディーが指導した「非暴力・不服従運動」は、インド全体を巻き込んだ独立運動に発展を遂げます。さまざまな紆余曲折を経験しながらも、ガンディーによる運動は1934年まで続きました。長い独立運動を受けてイギリスは、インド人の自治を徐々に認めますが、完全な独立を望むインド人とのあいだで対立の火種はくすぶり続けました。

そして、インドの独立が実現するのは、1945年に終了した第二次世界大戦がきっかけです。戦争には勝利したものの、イギリスに過去の栄光は残されていませんでした。世界の中心はイギリスからアメリカに移行。イギリスには植民地を管理する余力はすでになかったのです。1947年8月、長い独立運動を経て、ようやくインドは独立を果たすことになります。

▲ガンジーが印刷された紙幣 写真:yozo / PIXTA

ヨーロッパの植民地になった国々は、歴史が断絶してしまう傾向があります。スペインの植民地だったフィリピンはその典型で、現地の人々は「ガルシア」「フェルディナント」などスペイン系の名前が使用されており、スペインが支配する前の歴史は途切れているのです。

イギリスに長く植民地にされながらも、インドは独自の文化を守り、インド人としてのアイデンティティを維持してきました。『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』の叙事詩、『シャクンタラー』の戯曲など、古代から優れた作品が多く生み出され、インドの文化が形成されてきました。インドの歴史をたどっていくと、インド映画にはインドの文化とアイデンティティを守る力強い役割があるのではないかと感じます。

ファンタジー色が強い『RRR』ですが、植民地時代にインド人が感じた痛いほどの苦悩が見事に表現されています。エンターテイメントとしても素晴らしく、迫力満点のシーンが次々と展開されるため3時間があっという間に感じるボリウッド作品となっています。