今年で64年目を迎える吉本新喜劇が、3月21日に大阪・なんばグランド花月で「吉本新喜劇記念日2023」を開催する。

現在の新喜劇のオールスターキャストで、1975年から1983年までテレビ放送されていた、若き日の間寛平GMが腕を磨いた大人気番組「あっちこっち丁稚(でっち)」が一夜限りの復活を遂げるほか、間寛平GMが発起人となり、若手座員に舞台経験を積ませたいという思いから1年間にわたって行われた「寛平GM杯争奪ネタバトル最終決戦」が開催されるなど、「吉本新喜劇記念日2023」の名にふさわしい盛りだくさんの内容となっている。

今回、新喜劇のGMに就任して1年が経った間寛平GM、座長のすっちーに公演の見どころのほか、二人が新喜劇に入ったきっかけ、期待の若手や今後の展開などをインタビューした。

▲間寛平、すっちー

若き寛平が言われた「笑いも腹八分目やで」

――最初にお伺いしたいのですが、なぜ新喜劇に入ろうと思ったんですか?

間寛平(以下、寛平) 親父に「20歳までは好きなことせえ」と言われたんです。なので、高校を出て2年間はいろんなことやってみようと思って。そこで出会ったのが新喜劇で、“面白いな”と思ってそのまま入ってしまったんです。

――お笑いへの興味はあったんですか?

寛平 僕ら子どもの頃は、悪いことしたら「吉本に入れるぞ!」って言われてたんで、“どんなところかな?”っていう興味はありましたね。新喜劇に入ったあと、西川きよし兄さんの奥さんのヘレンさんや、岡八郎さんのようなテレビで見てた人に会えて、“うわ! あの人もこの人もおる!”ってテンション上がりましたね。

当時は会うことなんてでけへん、雲の上の人やと思ってましたから。今の子はそう思えへんやん。いつでも会えると思ってる感じやんか。芸人がいろんなところでロケなんかやってるやん。そんなんなかったもん。

すっちー たしかに距離は近くなりましたね。

――そうかもしれないですね。その他に夢とかはなかったんですか?

寛平 俺な、高校の頃は土建屋の大将になろうと思ててん。

すっちー 今と全然違うじゃないですか!(笑)

寛平 せやねん、同級生に大きい土建屋の息子がいてて、そいつが18歳で2トントラック乗っててん。それに憧れたんや。俺も自分でダンプ買うて、やっていこうって思って。それでうまいこといってたら俺、土建屋のおっさんや。ワニ革のカバン持って、金縁の携帯片手に「今日の現場どこや!」とか言うて。でも、20歳までにいろいろ経験するなかで、新喜劇に落ち着いたな。

――人生わからないものですね。すっちーさんは新喜劇に入ろうと思ったのはなぜでしょうか?

すっちー 僕はまだコンビで漫才をやってる頃に、新喜劇の若手の人たちと漫才の若手、落語の若手が集まってやる新喜劇っぽいイベントがあって、それにちょこちょこ出させてもらってるうちに、“全体で笑いを取る世界もあんねんな”と興味を持って。

そして、コンビを解散することになったときに、“新喜劇っていう選択肢もあるな”と思って入りました。本格的に入る前にちょっとやらせてもらってた、というのは大きかったですね。まったく何もやってなかったら、そこに入るのって怖いじゃないですか。

――同じ吉本でも…?

すっちー はい。でも、そのイベントで新喜劇での笑いの取り方を経験できたので、それは大きかったですね。そのときは若手のイベントでいろいろと粗かったから、結局は入ってから思うようにいかないとか、思ってたより難しいとか感じて、勉強していくことになるんですけど。

――先輩に言われたことで印象的だった言葉ってありますか?

寛平 若い頃、めちゃめちゃキャーキャー言われてる時代があったんですよ。その頃は舞台に出てやったら、やっただけガンガンウケてた。

そしたら、すごいベテランの夫婦の漫才師の上品な方が袖で見てらして「寛平ちゃん、ご飯めいっぱい食べたら、食べられへんようになるやろ。笑いも一緒やで。八分目くらいにしとかなあかんで。そしたらお客さんも“また見に行こかな”ってなるから。いっぱい食べたら飽きてくんねん」って言われたんです。

でも、僕は若かったから“なに言うてんねん、ウケたらウケただけええやんか”と思ってたんやけど、最近は、この言葉がようわかるわ。やっぱり、やりすぎたら見てるほうもしんどい。

――その言葉をかけてくれた方のお名前は?

寛平 あのね…なんていう方やったかな……。

すっちー 忘れたんかい!(机に突っ伏す)

寛平 (笑)。とても上品な夫婦漫才の方やねん。(明石家)さんまちゃんが好きや言うてたのは覚えてんねんけど。

――言葉だけは忘れられないんですね。すっちーさんはいかがですか?

すっちー 僕が入って間もない頃に、昔からあるネタを“何がおもろいんやろ?”と思いながらやってたらウケなかったんです。そのとき、池乃めだか師匠に「ちゃんとやったら、ちゃんとウケるで」って言われたことが忘れられないですね。

「ネタの本質を見て、全部をちゃんと理解してから1回やってみ?」って言われて、その一節を自分なりにちゃんと考えてやったら、めっちゃウケたんですよ。やっぱり、昔から残ってるネタって、おもろいから残ってるんやなと改めて思いました。

今もあいつの顔見ると“悪いな”って思うねん

――なるほど。では逆に、寛平さんは若手にアドバイスを求められることも多いと思うのですが、どんなことを言うんですか?

寛平 ……あんまり僕のところには言うてけえへん。

――いやいや! そんなことはないでしょう!(笑)

すっちー いやこれね、ちょっと僕はわかる気がします。僕もボケの人間なんで。自分が座長の週に、若い子がツッコミの清水けんじさんとかにいろいろ聞きに行ってるんですよ。最初は“なんで俺のところに聞きにけえへんのかな?”って思ってたんですけど(笑)。僕らって感覚でやってるところがあって、説明をようしないんですよ。

寛平 ボケの人間はせやね。

すっちー 細かい説明は冷静に引いて見てる人のほうができるんですよ。

寛平 そうなんですよ。僕らは「わーっ!」ってやってるから。「人のことなんて構ってられへんわ!」っていう勢いでやってるもんな。

すっちー 「かい~の」「血ぃ吸うたろか」やってる人に、「あれはなぜなのですか?」って聞かないじゃないですか。

――ははははは!(笑)

すっちー だから、真似できないというか、参考にならないんでしょうね。

寛平 「どうしたらいいんですか?」とか言うてけえへんよな。

すっちー そうですね。僕、実体験がありまして。オープニングで若手がそれなりにウケてたんですよ。せやけど、僕は“なんでもう少しタメへんのやろ?”“自分だったらこう言うのに!”とか思ってたんです。

なので、その若手に「こうしたほうがいい」って言うたんですよ。そしたら、次の回でめっちゃスベったんですよ。おそらく、自分の間とか感覚って他の人とは違うんですよね。ある程度は大きな正解があるにしても、個人個人で正解が違うから、押し付けたらあかんなって思いましたね。

寛平 俺もあるわ。「これやってみ」って若手にやらせたら皆スベるよな。

すっちー 何回スベらせてきたんだっていうくらいやってますね。これは難しいですね。

寛平 俺がめっちゃスベらしたんが、きよし兄さんの息子の西川忠志や。お父さんの「小さなことからコツコツと」ってギャグあるやん。あれの逆で「大きなことからコツコツと!ってやれ」ってやらせたら、ダダスベりやってん(笑)。だから、今もあいつの顔見ると“悪いな”って思うねん。でも、頑張ってやってくれてるからな。