アーティストが乗り気になることが大事

――この世界で仕事をしていて、印象に残っている言葉や座右の銘のようなものはありますか?

M 最近は「本音と建前」ですね。僕はアーティスト側になったことはないですけど、なったと考えた場合、基本は周りの人たちはライバルになるんですよね。例えば、「こういう仕事があるよ」と言うと、自分が断れば別の誰かがやることになる。物理的にも精神的にも体力的にも余裕がなければ、今回は見送りたいところですが、アーティストの多くは「やります」と言ってしまうと思うんです。

気持ちはわかるんですけど、そうして無理をしていくと、どこかで潰れてしまう。そこを察したり、気持ちを汲んで接することが大事だなと思っていて、そういう意味での「本音と建前」ですね。最近、社長とも同じような話をしました。

――以前に、スポーツのコーチが「言ってもやらない人」と「言わないとやりすぎてしまう人」の見極めが大事だと仰っていて、その話を思い出しました。

M そうですね。ある程度売れて、ある程度の位置にいると、“受けるべき仕事・断らないといけない仕事”がわかってくると思うんですけど、やはり駆け出しの俳優やアーティストなんかは、全て受けたくなってしまうと思うんですよね。そこはこちらがスケジュールなどで調整してあげないといけないなと思います。

F 私は「置かれた場所で咲きなさい」という言葉ですね。会社員として仕事をしていると、自分のやりたいこととは別の指示を受けたり、異動なんかもあったりしますよね。私の場合は、もともといたチームから変わることに、あまり前向きではなかったんです。志半ばで違うチームに行くことはすごく心残りがあったんですけど、会社員として仕事をしている以上は、置かれた場所で自分の最大限のポテンシャルを発揮しないといけないと思っているので、この言葉を選びました。

――今回一番お聞きしたかったのが「事務所とアーティストの意思が異なった場合、どのように決定していますか?」という質問なんです。この本を読むとマネージャーさんによって千差万別だと思ったんですが、トップコートさんの場合、まず第一にアーティストファーストだなと感じました。

M そうですね、うちの事務所のスタンスなのかもしれませんが、やはり先方との交渉、駆け引きというのはもちろんありますし、ある程度は必要だとは思います。ただ「本人が乗り気じゃないことをやらせて、良い結果にはならない」ということが多いですね。

僕もこれまで、少し強引にやってもらった案件もあるんですが、クライアントと演者、どちらかが気持ちが入ってないと、あまり幸せなことにはならない。我々の自己満足ではなく、それを見た方々がどう思うかが大事で、基本的にやりたくないものを、会社を背負わせてやらせる必要はない、というのが僕の考えです。

――なるほど。アーティストさんの向こう側にいる、ファンの方や視聴者を意識しているんですね。

M これは私個人の話になってしまいますが、もともと料理人を目指していたので、料理を作るうえで、その料理でどう人を楽しませるか、というところに幸せを感じる性格なんです。美味しい・美味しくないを決めるのはお客さん。それは、この仕事に限らず、誰のために何をしているのか、というのが重要なんだと思っています。

F 私は現場担当なので、特にアーティストと接する機会が多いんですね、なので双方の意見が対立しそうなときは、伝え方を考えたり、あとは嘘をつかない、ということは心がけています。あとは自分だけで解決しない、少しでも違和感があったり、情報や認識の行き違いがあったら、どんな小さなことでもチーフに伝えるようにしています。

コロナ禍があったからこそ気づけたこと

――では、仕事をしていてうれしかったこと、逆に悔しかったことを聞かせてください。

F うれしかったことはたくさんありますが、やはりこの仕事を始めるきっかけになった日本アカデミー賞、そこに自分が担当しているアーティストがノミネートされたときはとてもうれしかったですね。舞台挨拶を見ているときも感慨深いものがあります。

悔しいのは……パッと思いつくのは、これも映画の現場になってしまうんですが、撮影には立ち会っていたのに、配置転換によって公開のタイミングに担当できていなかったときは、悔しかったですね。先ほども舞台挨拶にグッとくる、というお話をさせていただいたんですが、世の中の方々に見てもらうタイミングまで携わってこそ! みたいな気持ちがあったので、それは少し悔しかったというか、寂しかったですね。

M 僕がうれしいのは、自分の担当しているアーティストが、周りの人たちから「向いてない」とか辛辣なことを言われていたのに、それを乗り越えて舞台に立ったり、輝き出すと、もうたまらないものがありますね。

――チーフであるMさんは、アーティスト志望の方、マネージャ志望の方、どちらの新人さんにも触れる機会があると思うんですが、どういうところを重視しますか?

M それは人によっても変わるし、時期によっても変わるんですけど、今は総じて“賢い人”がいいなとは思いますね。賢いというのは、僕は理解の速さかなと思っているんですけど、一人のアーティストにマネージャーとして向き合うには、やはり円滑にコミュニケーションが取れることが大事かなと思います。

これは相手に限らず、一歩現場に入れば、共演者・スタッフ・監督、たくさんの方々とコミュニケーションを取らないといけないわけで、理解の速さは必要だなと思います。

――この本を読んで、芸能マネージャーという仕事を目指す方も増えるんじゃないかと思うのですが、そういう方にアドバイスはありますか?

M あまり偉そうなことは言えないし、ハードルを上げたくはないんですが、伝えたいことはたくさんあります(笑)。まず、この仕事は悔しいことの連続だと思っていて、ひとつの役を目指して磨き上げても、うまくハマらないこともあるんです。基本、叶わないことに熱意を持って挑まないといけない、これはやはり好きじゃないとやれないんじゃないかと思います。

F そうですね。想像している世界と違っても、そこで諦めないでほしいなって思います。好きであれば続けてほしい。必ずしも自分が理想としていたことがやれるわけじゃない、というのも仕事だと思うんです。その理想と違ったとしても、もっと違うところに面白いことを発見できるのも、また仕事だと思うんです。

――ありがとうございます、芸能マネージャーという仕事に限らず、好きなことを仕事にするということにおいて、基本のようなものを伺ったような気がします。では最後に、Mさん、Fさんそれぞれの今後の目標を聞かせてください。

F 私はまだ自分で取ってきた仕事で、アーティストが大きな結果を出せていないと思っているので、そこを達成してから目標を立てようかと思っています。

M 僕は海外進出など、グローバルな視点を持っているアーティストを支えていきたいなと思ってます。ここ2~3年のコロナ禍で、活動がままならなかった。このコロナ禍がなければ、日本のエンタメはもっと海外に広がっていたんじゃないか、という意見があるんですけど、僕は逆で。コロナ禍があったからこそ、海外のエンタメを目の当たりにして、日本のエンタメの状況に目を向けるきっかけになりました。

――なるほど。

M あとは、せっかくこの仕事をしているのであれば、今までにないものを、自分自身の力でどう出していくか、失敗してもチャレンジしていきたい、そう考えています。