ビール好きで知らぬものはいないという有名なビアバーが新宿御苑にある。「HIGHBURY THE HOME OF BEER(ハイバリー ザ ホーム オブ ビア)」という名の、イギリスのパブを彷彿とさせる可愛らしい外観の店だ。新宿御苑の裏通りにある小さな店に、ビールに人生を預けた男がいた。

「こういう口が広いグラスは、モルト感の強いビールと相性がいいんです」

唐突にビアグラスの説明を始めたのは店主の安藤耕平氏。人懐こい笑顔と大きな声、くるくるとよく動く目が印象に残る。クラフトビールブームが定着して久しいが、自前の「カスク(樽)ビール」を醸造するなど、その世界では知らないものはいない有名人である。今回は、彼がビールを“狂ったように好き”になり、仕事にした話を聞かせてもらった。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <ビール醸造家・安藤耕平>

サッカーとビールの文化に憧れて

――そもそもビールを好きになったきっかけを教えてください。

安藤 それを語るには、まずサッカーのことからお話をしないといけませんね。出身は愛媛の新居浜で、小さい頃からサッカーをずっとやっていました。将来はサッカー選手になるんだと。身体能力は高くないけど、サッカーを考えることで俺より才能のある奴はいないと思ってたんです。

でも、あるときにアーセナルのピレスという選手を見て、衝撃を受けてしまった。自分はこんな選手には絶対になれない。その瞬間、プレイヤーから見る側へと完全にシフトしました。同時にアーセナルの監督だったベンゲルに心酔して、一度でいいから本場でサッカーを見てみたいと思うようになったんです。

――アーセナルの旧スタジアムは「ハイバリー・スタジアム」。店名の由来ですね。

安藤 初めて行ったのは2004年です。1試合だけ見て観光して帰ってくるのがイヤで、半年間の語学留学という形をとりました。もちろん学校には通いましたが、基本的にサッカー文化に触れに行ったので、ホームもアウェイもアーセナルの試合は全部行きましたね。そのために生活費も極限まで削ってました。

アーセナルは人気チームゆえ、チケットはなかなか手に入らない。いつもダフ屋から買ってたんですが、あるとき、知り合った日本人の方に事情を話したら、チケットを手配してくれて定価で買えるようになりました。アーセナルのシーズンチケットはファンが手放さないから、手に入れるのはほぼ不可能。今でも7万人くらいが順番待ちをしてるくらいです。とてもラッキーでした。

現地ではサッカー漬けの毎日でした。その流れで自然にパブという文化に触れました。カントリーサイドのパブで、ビールを飲みながらフットボールを見る。これぞイギリスだなって思いましたよね。

イギリスで受けた衝撃「ビールがまずい」

――そこで本場のビールに出会った。

安藤 そうですね。昼間は学校で勉強して、夕方はパブに行くという毎日でした。もともとビールは好きだったけど、知識は何にもない。当時はたくさん飲めればカッコイイとさえ思ってました(笑)。

――本場のビールを飲んで衝撃を受けましたか?

安藤 なんてまずいビールなんだと思いました(笑)。当時はエールビールとラガービールの違いもわからなかったので、ぬるいおしっこみたいなのが出てきたときは衝撃でした。最初の銘柄は、たぶんグリーンキングのIPAだったと思うんですけども、衝撃的なまずさでした。

でも、本場でビールを飲んでいるという高揚感もどこかにあったんでしょうね。背伸びしてタバコを吸ってむせかえってる若い子みたいなもんです。実はまずいと思ってるけど、日本から友達とかが来ると「これがイギリスのビールなんだよ」みたいな感じでカッコつけてました。そしたら、いつの間にか“あれ、なんか美味しいな”と思うようになったんです。

▲見るからに美味しいビール

――やはり、お酒というのはその国の風土に合っているんでしょうね。

安藤 そうですね。それで最初の留学から日本に帰ってきたときに、ビールの勉強を始めたんです。それからは、アーセナルの年間試合スケジュールが出ると、バイトしてお金を貯めて、それにあわせてイギリスに行くという生活を繰り返しました。

例えば、イギリス国内でアウェイの試合があったら、ここにビール飲みに行こうと。いろんなとこを回りながら、次のホーム試合までにロンドンに帰ってくる。僕よりイギリスを隅々回った人はいないんじゃないですかね(笑)。

そういう生活をしていくうちに、“ビールってすげえな”と思うようになったんです。大学の卒業が近づき、就職活動する段になり、“自分にはビールしかない!”と思うようになりました。