本を書くことで当時の自分を受け入れられた

この本では、詩羽を印象づけるアイテムのひとつ「ピアス」を初めて開けた日のことが、心境とともに仔細に記されている。

「そのときは、誰にも何も言わず自分でした行動だったので、親になんて言われるかもわからず開けました。今になって思えば、“戦うぞ”という決意の瞬間でもあったのかな。そのときの私は何もかもに負けていたので、20歳までは生きてやろうって。

現代は弱者には本当に厳しい社会だし、ピアスを開けて強く取り繕うところから始めないと何も変わらない、そう思ったんです。だから第一歩ですね。それがなかったら20歳で終わっていたかも知れない」

20歳で終わっていたかも知れない、そう語る詩羽は、ピアスを開けたことをきっかけに全てが動き出し、今や多くの支持を得て、武道館公演を開催できるほどのアーティストになった。この本を通じて、読者に“こうなってほしい”と望むことはあるのだろうか。

「届いたあとの反応はこれからだと思うんですが、本当に多くは望んでいないです。皆さんそれぞれの人生がありますし、私も今の自分が正しいかと言われたら、自分自身わからないところがあります。ただ、本当に何があるかわからないからこそ、人生って面白かったり、面白くなかったりするんだって。本当に一つの例として受け取ってもらえたらいいし、少しでも誰かの未来につながればいいなと思っています」

では今回、『POEM』を通して彼女自身はどのような願いがあったのだろうか。

「私の中では、“書くことで消化できたらいいな”という想いがありました。その当時の出来事を日記に残す、ということをしてこなかったので、自分の中で大変なことだったのか、大したことない出来事だったのかの区別がずっとついていなくて。

それを今回、初めて文字として書いたときに、自分でもこんなに鮮明に思い出せるということは、それくらい大きな経験をしたんだとわかったし、自分の中に染み込んでいるんだなと気づけたんです。

それが糧になってよかった……なんて微塵も思わないけど、逆に何も経験せずに、すごく恵まれた環境で、何も知らずに生きてきたら、他の人のそういう苦労を少しも理解することができない人間になっていたかもしれない。

自分が人の苦労を親身になって受け止められるのは、自分が経験してきたからこそなのではないかって。そして当時の私は、その苦労を乗り越えて頑張ってきたんだなぁと思えたし、当時の自分を受け入れるきっかけになりました」

彼女自身が当時の自分を受け入れるきっかけになった、その想いが本では“自分の傷を柔らかく抱きしめられるようになった”と表現されている。

「それが一番難しいことだとは理解しているんです。ただ、私の場合の話をすると、この仕事を始めて、表現することができて、ファンの方に支えられている、そう思う瞬間がたくさんあるんです。

特にライブのときは、ファンの方々の愛を思いっきり受け止める瞬間ばかりで、自分は良い方向に向かっていると思う……けど、そんな自分でもまだ傷を抱きしめられるようになってきてるかなぁくらい。

シビアな話をすると、やはり人との出会いが大事だし、そのうえで自分がどう動くか。待ってるだけでは何も変わらない、と言うとちょっと言葉が強いし厳しいけど、それは自分が身をもって感じたことです」

そして、自らの言葉を確認するように、こう話した。

「私がこのファッション、スタイルで前に出ることで、社会のなかにある“普通”に反発していきたいし、多様性という言葉がなくても、それが当たり前になっていったらと思ってます」

 

憧れのバンドと武道館公演への想い

この本には印象的な言葉が並ぶが、これまでの人生で強く印象に残っている言葉について聞いてみた。

「本の中にも書かせてもらったんですけど、小学校の卒業アルバムの寄せ書きを、担任の先生に書いてもらったとき、“笑って誤魔化すのは禁止ですよ”って書いていただいたのは、すごく衝撃的でしたね。“ああ、ちゃんと見てくれてる人はいるんだ”というのは、そこで強く思いました」

水曜日のカンパネラの詩羽として、多くの人々に憧れられる存在となった彼女が、幼少期や10代の頃に憧れていた人物が気になった。

「幼少期から中学生の頃まで、誰かに憧れたりとか、目指したりということをしてこなかったんですけど、高校のときに軽音楽部に入って、バンドを始めて人生が本当に少しだけ良い方向に進んでいったなかで、一番に私を支えてくれたのはクリープハイプですね。今でも大好きですし、私の中ですごく大事に思っています」

先日、詩羽が作成したクリープハイプのプレイリストが公開されたが、昔の楽曲から最新アルバムまで網羅されたプレイリストを見たら、それは良くわかる。

「あはははは! そうなんです、本当に好きなんです」

最後に、武道館公演への意気込みを絡めて、『POEM』の持つ意義について改めてこう説明した。

「いつも通りのライブをいつも通りに。ライブではいつもみんなに“愛しているよ”と伝えているので、それを大きな会場でみんなに伝えられる機会だと思っていますし、その前日に『POEM』が発売されるので、言葉の持つ重みも変わってくるんじゃないかなと感じています」


<イベント情報>
◆詩羽(水曜日のカンパネラ) フォトエッセイ『POEM』発売記念イベント◆
 日程:2024年4月5日(金)
 会場:東京・渋谷 HMV&BOOKS SHIBUYA 5Fイベントスペース 
詳細:HMV&BOOKS SHIBUYA イベントページ
プロフィール
 
詩羽(うたは)
2001年8月9日生まれ、東京都出身。 2021年9月、水曜日のカンパネラに2代目主演&歌唱担当として加入。2022年リリースの「エジソン」がSNSで話題となり、MVはYouTubeで5700万回再生を突破。2023年には日本に加え、北京、上海、広州、台北を回る8都市のアジアツアーを成功させる。2024年3月16日、水曜日のカンパネラが詩羽体制となって初の武道館公演を開催。 また音楽活動だけでなく、アーティスト、女優、モデルなどマルチな方法で自己表現を行う。 2023年7月、詩羽初の映画出演となった『アイスクリームフィーバー』が公開。同年、日本テレビ系ドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』でも生徒役で初のドラマ出演を果たし、女優としての活動も広げている。X(旧Twitter):@utaha_89_id_、Instagram:@utaha.89