プリンセスのような衣装に身を包み、ドール(西洋人形)になりきってライブ配信する「ドール配信」で注目を集める女性がいる。TikTokクリエイターの桜川シュウだ。TikTokのフォロワーは42万人超、2023年にはTikTokが優れたクリエイターを認定する「LIVE Pro」の初代メンバーに選出された。ニュースクランチのインタビューでは、無言のパフォーマンスで人気を集める彼女のここまでの道のりを聞いた。
世界から注目を集める「無言のパフォーマンス」
うつろな視線がゆったりと周囲を漂う。物憂げな表情は時折、微笑んだり戸惑ったりするが真正面に向くことはない。穏やかなBGMのなか、おとぎ話のような衣装を纏った彼女は、無言のままで佇んでいる。なぜ喋らないのだろう? それは彼女が人形だからだ。
TikTokクリエイター・桜川シュウの「ドール配信」には、毎回多くの視聴者が集まる。TikTokのフォロワーは42万人超、ライブ配信は多いときで2万人以上が同時接続して、桜川演じるドールを眺めている。
リアルタイムチャットには「かわいい」「綺麗」といったコメントに混じって、英語、フランス語、スペイン語が並ぶ。ドール配信はアメリカやフランスのメディアにも取り上げられており、日本のロリータ文化として世界からも注目を集めつつある。
パフォーマンスの最中、ドールはほとんど声を発しない。コメントやSEに反応して笑顔を見せたり、驚いたりする程度だ。無声映画のようなコンテンツに、なぜこれほどの支持が集まっているのか。その理由は桜川自身が徹底して作り込こんだ世界観にある。
「今、演じているドールは11体です。それぞれに個別の設定やストーリーを設けていて、例えば、第3ドールの『カードドールくん』は、小さな森の王子さまだったけど、兄弟との権力争いに敗れてお母さんと逃げているところ不幸にも命を落として、その魂がドールに乗り移ったという設定です。
ほかのドールたちも、少し不幸な背景や悲しいストーリーを抱えていて、衣装や小道具にはそれを読み解くヒントを散りばめています。視聴者さんのなかには、そのヒントをもとにドールの過去を考察するのを楽しみにしている人たちもいます」
TikTokには一般の視聴者によるドール配信の考察動画もアップロードされている。幻想的なビジュアルはもちろん、その背後に見え隠れする儚くせつない世界観も視聴者を惹きつける理由の一つだ。
一度は捨てた「ドールへの憧れ」
ライブ配信はゲーム実況や雑談配信などのコンテンツが中心だ。そのなかにあって、桜川の存在は異彩を放っている。異色のライブ配信コンテンツはどのようにして生まれたのか。そのルーツは幼少期にさかのぼる。
1995年、佐賀県生まれ。子どもの頃からアニメのプリンセスに憧れ、フリフリの洋服やアクセサリーに夢中だった。その後、愛知県に引っ越して小学校に通い始めると、学校にもプリンセスさながらの洋服で登校した。
かわいいものに囲まれて過ごすのが何よりも好きな少女だった。しかし、ほどなくして、その「好き」を封印する時期が訪れる。
「フリフリの洋服なんか着ていると“ぶりっ子だ”って、いじめられるじゃないですか。佐賀からの転校生だったこともあって、いじめにはすごく敏感で“自分を守らなきゃ”って強く感じたんです。だから、それからはフリフリはやめてボーイッシュに転換しました。一旦、好きなものは捨てて、強く生きるために男の子みたいになろうって」
長かった髪の毛はバッサリ切ってショートカットにした。剣道や合気道といった武道を習い始めると、周囲からの評価は「元気で活発な子」に変わった。中学生からはロックバンドでギターとボーカルを担当。メロコアバンドのエモーショナルな楽曲をコピーして演奏する姿は、学園祭の目玉になるほど人気を集めた。
「もともと気が強い子だったんだと思います。壁があるなら自分の力で乗り越えてやろう、みたいな。高校はアルバイト禁止の学校だったんですけど、頑張って貯金して、30万円のギターを自分で買いました」
強く生きることへの憧れもあった。桜川は幼少期に両親が離婚し、シングルマザーの家庭で育っている。アメリカ育ちで経営者だった母は、子どもたちに寂しい思いをさせないよう気丈な姿を見せ続けた。離婚を決意したときには、子どもたちに「ママはスーパーマンなんだ。パパがいなくても今の百万倍あなたたちを幸せにできる」と言って聞かせた。
「パワフルな母の姿がロールモデルだったので、“好き”を捨てて生きることにも意義は見出せていたんですよね」
それが桜川にとっての「強く生きること」だった。