アメリカよりも、家庭や職場で心の悩みやストレスに苦しんでいる人がたくさんおり、自殺者も多いとされる日本。そんな日本でなぜ「心の病気」はタブー視されるのでしょうか? “サイコロジスト”=心の病気を扱う専門家(アメリカでは国家資格)として、主にニューヨークで活躍中の表西恵氏が、日米の「心の病気」への向き合い方の差異と比較を中心に、日本社会における根強い社会偏見と治療環境の不備に警鐘を鳴らし、自分自身を追い詰めない、ストレスの緩和の仕方も余すことなく伝えます。

※本記事は、表西恵:著『アメリカ人は気軽に精神科医に行く』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。

「ちょっと精神科に行ってくる」というアメリカ人のノリ

自殺の原因や遠因となる心の病気には、どのようなものがあるか、一例を挙げてみましょう。

自殺願望、うつ病、躁うつ病、統合失調症、不安症、出社・登校拒否、対人恐怖症、さまざまな要因によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)。もちろん、ほかにも自殺につながるさまざまな心の病気は存在します。

日本では、これらの病気に対する偏見が未だに強くあります。そのため患者さん本人は心の病気であることを隠しがちです。あきらかに心が苦しいのに、精神科への受診を拒み続け、症状を放置する人さえ見受けられます。

一方、アメリカ人社会では、そのような偏見はほぼありません。そのため、アメリカでは誰もが気軽に精神科やサイコロジストなど、心の専門家を訪れています。その現状を知ったら、あまりのカジュアルな(手軽で気軽な)感覚に、皆さんは驚かれることでしょう。

たとえば、「かわいがっていたペットが亡くなった」「失恋した(告白をしてダメだった、交際中だったが破局したなど)」というレベルで、「ちょっと精神科に行ってくる」というノリなのです。

実際、私のところにもそのような理由でカウンセリングに来るアメリカ人は、珍しくありません。日本人の友人にこの話をすると「冗談でしょう?」と、なかなか信じてもらえません。ですが、本当の話です。

アメリカのクリニックでも診察に後ろめたい日本人

私は現在、ジョージア州にあるふたつのクリニックに勤めています。

主にアメリカ人を対象としたクリニック「ニュースタートカウンセリングセンター」。もうひとつは、アメリカ人に加えて在米日本人も多く診ている「倉岡クリニック」です。

このふたつの医療機関は、患者さんの雰囲気がとても対照的です。その違いこそ、精神科というものに対するアメリカ人と日本人のメンタリティの差異を象徴しているような気がしてなりません。

多くの日本人は、日本でもアメリカにおいても、精神科にはなかなか足を向けません。もしくは、たとえ精神科に通院し出した場合でも、他人に知られることをよしとしない傾向があります。その理由とは何か。一般的な日本人のマインドセット(考え方の基本的な枠組み)について考えてみたいと思います。

「ニュースタートカウンセリングセンター」には、マイノリティも含めたアメリカ人ばかりが訪れ、日本人の患者さんはほぼゼロ。

待合室はというと、患者さん同士が「会話に花を咲かせる」といった趣があるくらい和やかでにぎやかで、まるで歯医者さんの待合室のようです。もちろん、かなり重度の心の病気を抱えている方も、そこには交じっています。

一方「倉岡クリニック」は、バイリンガル(英語と日本語)による診察を掲げたクリニックで、小児科診療から予防接種、人間ドックなどまで幅広くサービスを提供しています。

つまり、精神科を訪れる患者さん以外の方も多いため、「自分が受診した目的」を知られたくないという日本人の患者さんが非常に多いのです。そのため、私がカウンセリングを担当している患者さんの場合、順番がきたと私自身が患者さんに声がけするのではなく、ほかのスタッフが呼びに行くのが慣例になっています。

私はカウンセリングルームで患者さんを待ち構えていて、部屋の中で患者さんと接するという仕組みが確立されています。私と少しでも顔見知りということが誰かに知られると、「カウンセリングを受けている」ということが悟られてしまうからです。

そこでつくづくと感じるのは、日本人の精神科を受診することへのためらいや後ろめたさです。それはたとえ、アメリカのクリニックであってもです。これは推察になりますが、日本人の患者さんたちは、カウンセリングに通うことを「決意」して、訪れてきてくださるのだろうと思います。

もちろん、心が健やかであるならば、精神科とは縁遠いほうが幸せでしょう。しかし、心が疲れたり悲鳴を上げている時は、一刻も早く精神科を受診したり、カウンセリングを受けることが大切です。

さまざまな文献を紐解いて日本人のマインドセットを考えてみたのですが、どうやら日本人には「恥」を強く感じるという意識が、昔から根強い気がしてなりません。