個人の頑張りでは変えられない労働環境のストレス

労働環境がメンタルヘルスに与える影響は大きいものです。職場でのストレスが高じて、自殺を選ぶ人も少なからず存在するほどです。いったいどのような労働環境が心の病気を誘発するのか、考えてみましょう。

私の夫(内科医)は、大学を卒業後に商社マンとして14年働きました。その時に、職場で何をストレスに感じたていたかをヒアリングしたところ、次のような答えが返ってきました。

・予定や方針など、トップダウンで通達される事柄が頻繁に変更される
・従業員ひとりがカバーする業務の内容が、多岐にわたる
・仕事全般において、コストダウンとより一層の利益の追求を求められる
・ルーティンワークに関しては、能力を上回る程度のスピードアップを求められ続ける
・理不尽な給料体系(不透明、不公平)
・人事裁量権が上司に集中していること(上司に生殺与奪の権利を握られている)
・上司からのパワーハラスメント的な指導

これらは商社に限らず、どこの職場にお勤めの方でも共感いただけるのではないでしょうか。労働環境でのストレスは、個人の努力や頑張りでは変えることのできない構造的な問題がほとんどです。

ストレスチェックなどで「高ストレス者」をスクリーニング(ふるいわけ)し、早期発見・早期治療に努めることは大切です。しかしそれ以上に、事業者主導の労働環境の改善が重要になってくることでしょう。

「心がつらい」状況は誰にでもある

未だに「デキるビジネスマンたるもの、うつ病になるわけがない」という「幻想」が、日本の社会には蔓延しているように感じます。その人個人の能力が高いからといって、心の病気に罹る可能性がゼロというわけではありません。

また、「人付き合いの達人で、組織の上層部への根回しが天才的に得意」という社交術に長けた人であっても、心の病気と一生無縁でいられるかどうかは、わかりません。「人間関係を含む環境次第で、誰でも心の病気になる」という認識が、日本の社会には圧倒的に欠けています。

例えば企業のサラリーマン社会の場合、部署異動や降格、減給、リストラなど、自分の意志とは関係のないところでさまざまなトラブルが起こります。そのような状況に、人は簡単に影響を受けてしまうものであり、それは「まったく恥ずかしいことではない」と肝に銘じておくべきです。

「定年まで、この職場を勤め上げる」「今の理想的な人間関係や仕事内容は、変わらない」と思い込み過ぎることは危険でさえあります。

もし現在、「心がつらい」と感じている人がいたら、自分を責めることをまずやめてほしいと思います。そして「誰にでも起こりうること」と状況を捉え直し、治療のために専門家を訪れてほしいと思います。