ナン・パ

くさい度数★★★

海に面していないラオスにも、ナン・パと呼ばれるすばらしい魚醬(ぎょしょう)がある。隣接するタイとの国境線を流れるメコン川の恵みの淡水魚を原料に、塩を大量に加えて長期間発酵・熟成させて、その上澄み液をすくいとったり漉(こ)したりしてつくるのである。

メコン川で魚への罠を仕掛ける少年 イメージ:PIXTA

以前、ラオスの首都ビエンチャンから北のほうへしばらく車を走らせたところで、ナン・パを製造している工場を見学したことがある。工場といっても、平屋の建物に1本の煙突が出ているようなところで、例にもれずその周辺は魚醬のにおいでひどくくさかったが、できあがったばかりのナン・パは透明でウィスキーのようなきれいな色をしていた。

なめてみると、塩辛いものの、深くてふくよかなうまみがあり、くさいにおいを含めて、いっぺんで好きになってしまい、はるばる遠くまで来た甲斐があったというものだ。

ラオスでは、どのような料理にもたいていこのナン・パが使われる。とくに淡水魚を使った料理にはナン・パが欠かせない。ラオスの市場に出回っている淡水魚は200種類を超え、魚料理も幾百と存在するが、その淡水魚の泥くささや生ぐささを消すのに、ナン・パが役立つのである。

毒をもって毒を制すではないが、くさい淡水魚でつくったくさい魚醬で、くさい淡水魚のにおいを消しておいしく食べる。じつにすばらしい発想だ。発酵食品の偉大さをあらためて思い知ったのであった。

このほか、東南アジアの魚醬としては、フィリピンのパティス、インドネシアのケチャップ・イカン、カンボジアのタク・トレイ、ミャンマーのガンピヤーイエー、マレーシアのブドウなども知られているが、どれも魚醬特有のくさい発酵臭が魅力の逸品である。

フィリピン料理 イメージ:PIXTA
自らを“発酵仮面”と称し、世界中の魚醤(ぎょしょう)を食べつくしてきた小泉教授に、それぞれの「くささ」の度合いについて星の数で五段階評価してもらった。 発酵食品は宿命的に、くさいにおいを宿しているが、それこそが最大の個性であり魅力なのだ。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。

※本記事は、小泉武夫:著『くさい食べもの大全』(東京堂出版:刊)より、一部を抜粋編集したものです。