自分はターゲットではない、という安心感
私はそのうち、暇そうな人を探し始めました。手練れのナンパ師は、どんな人を狙うか。速足の人には声を掛けても無駄です。とりあえず足を止めて立ち話に応じてくれるのは暇な人です。
目の前の急いでいる人ではなく、売り場を離れてエレベーターのほうへ行ってでも、暇な人を見つけて声を掛けるようにしました。
「安心してください。買わせようだなんて思っていませんから」
「買わなくて結構ですから、見るだけ見ていってください。面白いですから」
私はそんな風に声を掛けました。いきなり売ることは考えず、まずは店の前に見物の人だかりを作ろうと思ったのです。
声掛けに応じてくれた人は、売りつけられることはない安心感から、正面を向いてじっくり実演を見てくれます。
私がその1人の方を相手にしていると、通りすがりの人が「なにやってんだ?」と足を止めます。もう先客が私に“捕まっている”わけですから、安心して少し遠めから眺めるわけです。
これでお客様は2人。それでも私は最初の1人のお客様だけを見つめて、マジック実演を続けました。最初の1人だけを見て、その人だけに話しかけるようにしました。自分はターゲットではない、という安心感を抱かせることで、見物客が少しずつ増えていきました。3人になり、4人になり、5人。ここまで来ると見物客はどんどん増えていきます。大勢いるから大丈夫、という群集心理が働くんですね。
こうして私は集客に成功しました。まずは人を集めるという第一段階を突破したわけです。店舗で接客している方、イベントを手掛けている方、試食コーナーで働いている方……とにかく集客をしなければならないお仕事の方に参考になれば幸いです。
まずは最初の1人を捕まえること。これが肝です。一気に大勢の人を惹きつけるなんて術はありません。目の前の1人に集中し、飽きさせず、夢中にさせる努力をするのです。一人を惹きつけられれば、2人、3人と自然に数は増えていきます。1000人がこっちを見てくれる可能性が生まれる。1人の向こうに無数の人々がいるのです。