企業や自治体などが展開するPRの多くは、“知”にアピールして行動を起こさせようとするアプローチが主流とされている。しかしそれだけでは消費者は価格という価値判断基準を最終的な拠りどころとしてしまい、デフレの現在では消費行動が喚起されにくい。 “知”ではなく人間の“情”に訴えかけた成功例を、PRプロデューサー・殿村美樹氏に紹介してもらった。
※本記事は、殿村美樹:著『武将たちのPR戦略』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
地方イベントが地味になってしまう理由
わたしが手がけたPRのなかでも代表的成功例と言える「ひこにゃん」は、2007年に滋賀県彦根市で開催された地方博「国宝・彦根城築城400年祭」に向けて起用したマスコットキャラクターです。
わたしは開催の前年にPRの依頼を受けましたが、計画されているイベントの内容を知って愕然としました。
まさに、知だらけなのです。まるで歴史セミナー、あるいは歴史学者が集まる学会のようなコンテンツがズラリと並んでいて「こんな小難しいイベントに、どうやって客を呼べというのか!?」と頭を抱えてしまったのを覚えています。しかも、女性や子ども向けのコンテンツはほぼ皆無という状況でした。
そもそも、彦根城を知の側面だけからアピールしようとすると、どうなるか。
彦根城は幕末の大老・井伊直弼の居城だったのです。そして、井伊直弼といえば、安政の大獄で吉田松陰をはじめとする倒幕派の大物たちを次々と処刑し、最後には自身も桜田門外の変で暗殺された人物。シャレではなく、本当に血だらけになってしまいます。
「知」で彦根城を主役とする博覧会を企画すると、どうしても地味で小難しいものになってしまうのです。
「国宝・彦根城築城400年祭」のイベントを企画した、主催の彦根市の担当者も意図的にイベントを地味に仕立てたのではなく、彦根城を主役にしなければと考えた結果、いつのまにか小難しくなってしまったのだと思います。
主役を彦根城から「ひこにゃん」へ
しかし、客観的に見ると「なんでこんな地味なイベントばかり企画するの?」と思ってしまう。そこで、彦根市のイベント企画を俯瞰的に見ていた滋賀県が業を煮やして、わたしに「博覧会に観光客がたくさん来るようなPRを」と依頼したのです。
そんなときに、すでに地方博のマスコット・キャラクターに決まっていた「ひこにゃん」が、わたしの視界に飛び込んできました。
「これしかない。このキャラクターを前面に出して、女性たちの母性本能に訴えるPR戦略でいこう」
まさに即決でした。お城の築城400年を記念したイベントなので、どうしても歴史を語る必要があり、難しい内容になるのは仕方ない。ゆるキャラのかわいいマスコットで人々の注目が集まるポイントをズラそう。そう考えたのです。
そして、この戦略は知に偏っていたイベントを、情に訴えるものへと転換するものでもありました。その結果、8カ月の開催期間中に243万人が彦根市を訪れ、イベントは大成功となったのです。