「このままではダメだ」危機感からプールヘ
コンビニにすら行けなくなってしまった、という厳しい現実が、絶望の闇に沈んでいた僕に危機感を持たせました。
「これは本当にやばいな。俺はどうなっちゃうんだろう?」
僕は慌てて、中井川先生に相談をしました。
「コンビニに買い物に行くこともできなくなっています。何かリハビリとして、やっていい運動はありませんか?」
「うーん……ハードなリハビリはダメですよ」
先生は言葉に詰まっていました。僕が早くも復帰に向けてのリハビリを考え始めたのではないか、という勘繰りもあったかもしれません。
「プールでの水中歩行はどうですか?」
「そうですね、水中歩行だけならいいですよ」
その翌日、ジムのプールに行きました。それからは週に5日ぐらい通って、1時間から2時間の水中歩行を続けました。先生との約束なので、ウエイトトレーニングなどの器具があるジムには行かずに、プールで歩くのみです。
そこには、プロレスへの復帰の第一歩という気持ちはありませんでした。
「このままでは、精神的にも肉体的もダメになってしまう。人として終わってしまう」
その危機感が、僕をプールに行かせていたのだと思います。何しろ病院では寝たきり、退院してからも家で何もしないで、ソファーに座っていただけなので、筋肉が弱って当然。筋肉で固めていた膝も緩んでしまい、以前よりも痛むようになっていました。
「プロレスラーの小橋さんですよね、頑張ってください」
「はい、そうです……水中歩行を始めたんです」
なるべく人が少ない時間帯に通っていましたが、それでもやっぱり声を掛けられることがありました。別に悪いことをしているわけではないので、そこは堂々と自然体でいましたが、正直な気持ちを言えば、人に見られるのは苦痛でした。手術から1か月以上も何もやっていないので、体に張りもなくなっていたからです。
プロレスラーである以上は、やはりそんな体は見られたくありませんでしたが、それでもプールに通い続けました。
立ち直るヒントは何気ないところにあった
「このままだと歩けなくなる」
「コンビニに買い物に行くことさえできなくなる」
「少しでも何か体を動かさないと、取り返しのつかないことになる」
頭ではなく体がそう感じて、本能で動いていたような気もします。今だから言えることですが、あの時の行動が、僕にとって大きな第一歩になりました。もし、あの時に「コンビニに行こう」と思わなければ、あるいはコンビニが遠すぎても近すぎても気がつかなかったと思います。
誰にでも立ち直るヒント、きっかけはきっと何気ないところにあるのだと思います。それに気付けるか、気付けないか。
僕も1か月弱の入院生活の中で、何かに気付けたのに逃していたのかもしれません。
何に気付くかは、その人それぞれのタイミングだと思いますが、今、いろいろなことに苦しんでいる人は、自分の心に問いかけ、あるいは自分の本能でヒントやきっかけに気付いてほしいと思います。
とはいえ、水中歩行をしている段階の僕は、生きることだけに前向きでした。少しだけ……ほんの少しだけ前向きになれた、というだけです。