2018年3月から米中間の経済対立が激化しました、いわゆる「米中貿易戦争」です。日本の大手メディアの報道だけに触れていると、まるで中国がアメリカと貿易戦争で対等に渡り合ってきたかのような印象を受けるかもしれませんが、経済一筋50年のベテラン記者・田村秀男氏は、それは大きな誤解だと言います。実際のところ、コロナ以前の米中貿易戦争はアメリカの圧勝、中国の圧倒的敗北だったと。

ドルがなければ人民元はただの紙切れ

今後の世界情勢を大きく左右する要素として見逃せないのは、やはり米中の対立です。

トランプ大統領は、アメリカの対中貿易赤字(中国にとっては対米貿易黒字)の拡大を問題視し、2018年3月から次々と中国製品への関税や関税の引き上げを決定しました。これに対して中国も、アメリカからの輸入品に関税をかけるなどの報復措置をとり、米中間の経済対立が激化。こうして始まったのが、いわゆる「米中貿易戦争」です。

▲米中貿易戦争 イメージ:PIXTA

米中貿易戦争は2020年1月15日に、両国が第一段階の経済貿易協定に署名したことで、ひとまず「休戦」となりました。この協定では、今後2年間で中国側が米国産品の輸入を2000億ドル積み増す〔中国の対米輸出が横ばいの場合、対米貿易黒字を2000億ドル減らす〕ことなど、中国側が大きく譲歩する内容が盛り込まれました。

しかし、それもつかの間、新型コロナウイルスの情報を習近平政権が隠蔽したことに、トランプ大統領が激怒し米中対立が再燃。2020年6月30日には習近平政権が、香港の政治的な自由を脅かす香港国家安全法を強引に成立させたことで、トランプ大統領の怒りの炎に油が注がれました。

▲ドナルド・トランプ米大統領 出典:ウィキメディア・コモンズ

トランプ政権は、もはや対中制裁をも辞さない構えであり、米中対立は“冷戦”を通り越して“熱戦”に転じかねない事態にまで突入しています。

一方、中国はアメリカに対して基本的には強気の姿勢を崩していません。そのため、日本の大手メディアの報道だけに触れていると、まるで中国がアメリカと貿易戦争で対等に渡り合ってきたかのような印象を受けるかもしれません。

しかし、それは大きな誤解です。実際のところは、トランプ政権の一連の対中強硬策によって中国は窮地に追い込まれ、2020年1月15日の休戦時には経済が崩壊寸前と言っても過言ではない状態でした。つまり、コロナ以前の米中貿易戦争は、アメリカの圧勝、中国の圧倒的敗北だったというわけです。

そもそも中国経済には大きな弱点があります。その弱点とは、ドルを中心とする外貨がなければ、自国の通貨である人民元の発行すらままならないという、ドル依存の経済体制です。

かつての金本位制では、本来ただの紙切れや硬貨にすぎないおカネの価値を、国が金(ゴールド)との一定比率での交換を保証することで裏付けていました。中国の通貨制度は「ドル本位制」とでも呼ぶべきもので、ただの紙切れにすぎない人民元札の価値が、ドル(を中心とする外貨)によって裏付けられています。

金本位制では国家が保有する金の量によって、どれだけ通貨を発行できるかが決まります。金の保有量の限度を超えて通貨を発行してしまうと、通貨の信用がなくなり、悪性のインフレに陥って金融が崩壊してしまうからです。

中国の「ドル本位制」も同様に、ドルなどの外貨の保有量(外貨準備)の増加に対応する範囲内でしか、人民元を追加発行できません。保有しているドルの量を超えて、ドルの裏付けのない人民元を乱発すれば、中国経済は確実に悪性インフレに見舞われます。

▲ドルがなければ人民元はただの紙切れ イメージ:PIXTA

歴代の中国共産党政権は、その危険性を十分に理解していました。だからこそ、ドルなどの外貨資産に合わせて人民元を発行する、独特の通貨・金融制度を堅持してきたのです。そこには歴史の教訓があります。

第二次世界大戦後、国民党(蔣介石)と共産党(毛沢東)による国共内戦(1946~1950)が行われ、アメリカの支援を受けた共産党が勝利し、中華人民共和国が成立しました。その際、毛沢東率いる共産党はおカネの規律をしっかりと守りながら戦っていました。

ところが、蔣介石率いる国民党は財政・金融でじゃんじゃんおカネを刷って悪性インフレを起こしてしまいました。その結果、中国の民衆の心が国民党から離れ、共産党政権成立につながっていったわけです。

▲蒋介石 出典:PIXTA

共産党の指導者となった毛沢東も周恩来も、その部下たちも国共内戦時の国民党の失敗をよく理解していました。だからこそ、自分たちも外貨の裏付けのない人民元を発行しないように注意してきたのです。

そもそも中国大陸は、古代から幾度となく王朝が交替し、戦乱が続いてきた土地柄ということもあって、民衆は自国の通貨より金塊や外貨を信用します。今日で言えば、それがドルです。

ドルの裏付けがないと、中国の人々ですら人民元札をただの紙切れとしかみなしません。中国のカリスマである「建国の父」毛沢東の肖像が描かれた人民元札は、ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンらの肖像が描かれた米ドル札があってこそ、おカネとして成り立っているのです。