米中貿易戦争の本質は“ドルをめぐる争い”

中国の中央銀行である中国人民銀行は、外貨すなわちドルを市中銀行から買い上げて、通貨(人民元)を発行します。追加供給される人民元は、国有商業銀行などの金融機関経由で企業や家計に貸し出されます。

中央銀行が民間金融機関から国債などの証券を買い上げて資金供給する、日米欧とはおカネの刷り方が大きく異なります。そのためドルの流入量が減ると、中国人民銀行による人民元資金発行が大きな制約を受けることになります。

▲中華人民銀行 出典:PIXTA

中国の主要なドル流入源は、貿易などの国際収支の黒字のほか、外国による対中投資、対外借り入れ(外国からの借金)などです。中国の通貨当局は、日本企業などに外貨を持ち込ませて、それを外貨準備に組み込んで抱え込む一方、対外送金を厳しく規制します。

対外貿易収支黒字は、中国発表の統計によると2019年では全体で年間約4300億ドル、そのうち対米は約3000億ドル(アメリカ側統計では約3500億ドル)。対米貿易黒字が大半を占めていることがわかります。

中国の国際収支の黒字はこの10数年間、対米貿易黒字によって支えられてきました。言い換えると、これまで主に対米貿易を通じて手に入れてきたドルが中国の人民元の発行を支え、中国経済の成長を支えていたというわけです。それをよく表しているのが次の2つのグラフです。

▲グラフ①:2008年9月以来の米国の対中貿易赤字累積額と中国の人民元発行量増加額(兆ドル) 
▲グラフ②:人民元資金発行伸び率と実質経済成長率の推移(%)

中国が公式に発表する経済成長率は、いわゆる「大本営発表」なので鵜呑みにすることはできませんが、人民元の発行量と中国の経済成長がおおむね連動していることがわかります。このように中国の経済成長は人民元の発行量で決まり、人民元の発行量は保有するドルの量で決まります。と言うことは、中国の経済成長はドル次第なのです。

▲米中貿易戦争の本質は“ドルをめぐる争い” イメージ:PIXTA

対米貿易黒字で順調にドルが手に入るうちは、中国も順調に人民元の発行量を増やし、経済を成長させることができました。しかしアメリカにトランプ政権が誕生し、対中強硬策に路線変更したことで状況が一変します。トランプが対中貿易赤字を削減する方向に舵を切ったため、以前のように中国にドルが入ってこなくなったのです。

だからこそ、米中貿易戦争では、トランプ政権が強硬策に出るほど中国は窮地に追い込まれ、2020年1月の休戦の際にも大きく譲歩せざるを得なくなりました。はっきり言って、中国の完敗です。

ドルが手に入らないということは、ドル依存体質・ドル本位制の中国経済にとって、まさに死活問題なわけですから無理もありません。米中貿易戦争とは、単なる米中間の貿易摩擦の問題ではなく、中国にこれ以上ドルを渡さないと決めたトランプ政権と、何としてもドルを手に入れたい中国による“ドルをめぐる争い”でもあるのです。

※本記事は、田村秀男:著『景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。