習近平政権は、逃亡犯条例改正案や香港国家安全法によって、返還後50年継続することが約束されていた香港の一国二制度を脅かしています。こうした中国の動きに対して、世界でもっとも危機意識を抱いているアメリカですが、経済一筋50年のベテラン記者・田村秀男氏によると切り札を隠し持っているようです。
リーマンショックで中国を太らせてしまったアメリカ
返還後50年継続することが約束されていた香港の一国二制度は、国際社会の監視のもとで成り立っていました。しかし、習近平政権は逃亡犯条例改正案や香港国家安全法によって、その約束を平気で踏みにじるような行動に出ています。
こうした中国の動きに対して、世界でもっとも危機意識を抱いているのがアメリカです。コロナショックの件も含め、今やアメリカはトランプ政権だけでなく、議会も“超党派”で力を合わせて中国関連の問題に取り組んでいます。日本の政治家たちにもぜひ見習ってほしいところです。
ところで香港問題に関して、トランプ政権はある切り札を持っています。2019年11月に制定された「香港人権・民主主義法」です。
この法律は、香港が中国政府から十分に独立した立場にあり、優遇措置適用に値するかを国務長官が毎年評価するよう義務付けています。また、アメリカはこの法律に基づいて、香港で人権侵害を行った個人に対する制裁や渡航制限を課すことができる、というのが一般的に知られている内容です。
しかし、同法の条文に目をこらすと、そこにものすごい“起爆装置”が仕込まれていることに気づきます。それは「1992年香港政策法」修正条項です。
香港政策法とは、1997年のイギリスによる香港返還に合わせて1992年に成立した米国法です。同法では、香港の高度な自治(一国二制度)の維持を条件に、香港に対する貿易や金融の特別優遇措置を対中国政策とは切り離して適用することになっています。
優遇措置とは、通常の国・地域向けの場合、貿易・投資・人的交流が柱になります。香港もその例外ではないのですが、ただひとつ、香港特有の項目があります。それは「香港ドルと米ドルの自由な交換を認める」と規定されていることです。
香港人権民主法に関連付けた「1992年香港政策法」の修正条項によって、アメリカ政府は、香港の自治の状況、人権・民主主義の状況によっては「通貨交換を含む米国と香港間の公的取り決め」も見直し対象にできるようになりました。ようするにアメリカ側は、いつでも香港ドルと米ドルの自由な交換を停止することができるというわけです。
香港ドルが米ドルとのリンクを失えば、香港は国際金融センターではなくなります。そうなると、香港に拠点を置く日米欧の企業・銀行にとっても大打撃ですが、習近平政権と中国経済にとっても死活問題です。当然ながら気軽に発動できるものではありませんが、習近平政権の今後の動き次第では、トランプ政権はこの“起爆装置”のスイッチを押すことになるかもしれません。
トランプ政権は、中国という“怪物”がこれ以上大きくなるのを懸命に抑えようとしています。新型コロナウイルスを“Chinese virus”と呼び、パンデミックが生じたのは中国による情報隠蔽が原因だと、批判の声を強めています。アメリカの議会もその点に関しては“超党派”で同意しています。中国の全体主義が根本的な問題だという危機感を、国家レベルでしっかりと認識しているわけです。
アメリカには、リーマンショック後の金融政策で結果的に中国を太らせてしまったという“苦い教訓”があります。2008年9月のリーマンショックの後、アメリカのFRBは米国史上前例のない勢いでドルを大量に刷り、3兆ドル近いおカネをどんどんマーケットに流していきました。そのうちのどれくらいのおカネが当時中国に流れ込んだのかというと、まさに3兆ドルです。
結局のところ、アメリカがリーマンショック後に大量に刷ったドルを、ほぼそのまま中国が外貨として手に入れていたということになります。どうやって手に入れたかといえば、これまで見てきた通り、対米貿易黒字によってです。
次のグラフは、リーマンショック後10年間で、どれだけアメリカの対中貿易赤字や中国の人民元発行量などが増えたかを表したものです。
2008年から2018年までのアメリカの対中貿易赤字合計は2.85兆ドル、その間の人民発行量もドル換算で2.85兆ドルとなり、一致します。ドルの流入額に応じて人民元を発行する中国特有の通貨・金融制度は、リーマンショック後のアメリカの金融緩和と自由貿易の恩恵を受けて、思う存分にその規模を拡大することができたというわけです。
そして、この金融の量的拡大をもとに、一帯一路構想の推進や、南シナ海への海洋進出などの対外膨張策が実施されていきました。まさにリーマンショックをきっかけに、全体主義の“怪物”中国が巨大化し、世界の脅威になっていったというわけです。