恐竜の化石を切断――にわかには信じがたいが、古生物研究の現場では実際に行われていることである。貴重なはずなのに、なぜそんなことをする必要があるのか。その理由を、サイエンスライターの土屋健氏に解説してもらった。
※本記事は、土屋健:著/ロバート・ジェンキンズ:監修/ツク之助:イラスト『化石の探偵術』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
年輪が刻まれているのは植物だけではない
化石は、貴重なものだ。
もちろん種によって数の差はある。世界でたった一つしか発見されていない種があれば、数十万個以上も発見され、博物館のギフトショップで1000円弱で販売されている種もある。
しかし、すべての化石は「再生産することができない」という点で、貴重であるといえる。つまり、壊れたからといって「じゃあ、作り直そう」という「やり直し」はきかない。生きている動植物と同じである。化石は貴重で大切なものなのだ。
そんな化石を輪切りにする。電気のこぎりなどでスライスする。そんな行為をみかけ
たら、それはそれは驚くことだろう。
もったいない! なんてことを!
そう考えるのは、当然のことだ。しかし、化石の価値を誰よりもわかっている研究者が、その輪切り行為を行っているとき、そこにはもちろん“ちゃんとした理由”がある。
輪切りにするリスクを超えるリターン(手がかり)があるのだ。輪切りにすることで手に入る典型的な手がかり。それは「年輪」だ。
年輪は、1年の季節変動を受けて成長速度が変化することによってつくられる。生物が細胞を生産するスピードが、常に一定ならば年輪はつくられない。しかし、実際には気温・日射量・降雨量・食物量などの変動を受け、細胞が生産される速度は変化する。この変化が年輪に表れる。成長の緩急の差が縞模様となって現れるのだ。縞模様の線は、生産速度が遅くなったとき、あるいは停止したときにできる。
年輪の典型例は植物に見られるそれだ。年輪を見れば、樹齢何年だったのか、ということがわかる。そして植物だけではなく、動物の骨格にも年輪は刻まれている。サンゴの骨格・二枚貝の殻・脊椎動物の骨など、さまざまなものに年輪はある。
年輪の解析からわかる、最も基本的な情報は「年齢」だ。年輪を数えれば、その古生物がいったい何歳で死んだのか、その享年がわかる。1個体だけのデータであれば、あくまでも「個体の死亡年齢」の話だ。でも、多くの同種の化石を調べれば、種としての寿命だって推理することができるかもしれない。
1年でどのぐらい成長したかも推理できる
年輪の間隔も注目される。年輪の間隔は、一定とは限らない。縞模様と縞模様の間隔が開いていれば「開いている理由」がそこにある。
たとえば「成長期」である。成長期の縞模様は間隔が広くなる。アメリカにあるフロリダ州立大学のグレゴリー・M・エリクソンたちは、年輪の解析によって、ティラノサウルス(Tyrannosaurus)の成長期は10代後半にあった、と指摘している。最も大きく成長したときは、1年で767キログラムも大型化したという。
もっとも、季節変化によらずに成長速度が変化する可能性もある。生殖期や、大きなけがをしたときなどだ。検討の際には、こうした“イレギュラー”も考える必要がある。
年輪の中には、より細かな日輪もある。つくられるしくみは同じだ。そして、日輪の数を数えれば、1年間の日数だって調べることができる。過去において、1年は365日ではなかったことも、こうした研究から推理されている〔過去の地球は、1年の日数が365日よりも多かった。月による潮汐の影響で、地球の自転速度はわずかずつ遅くなっているのだ〕。
年輪にまつわる推理は、古生物学分野に限定されず、ときに地球史にも拡大されていくのだ。
ここで挙げた例は「骨を輪切り」で見えてくる、さまざまな情報の一角にすぎない。貴重な化石を輪切りにする代償として得られる情報は、かなり有用といえる。まるで見てきたように、その古生物の生涯にせまることができるのだから。
もっとも、化石を破壊するということには違いない。通例は、その種の化石がすでに多く発見されている場合に、この手法は採用されることが多い。そのほか、輪切りにする前に精巧なレプリカをつくる場合もあるのだ。