「ゴゴスマ~GOGO!Smile!~」の新レギュラーコメンテーターを務めるなど、今やTVやメディアでも大注目の人気若手真打・瀧川鯉斗氏。元暴走族総長から落語家への転身という、きわめて異色の経歴を持つ噺家としても知られる彼は、どこで“落語”と出会ったのだろうか?
※本記事は、瀧川鯉斗著『特攻する噺家』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。
上京早々に浴びた社会の洗礼
暴走族総長としての引退暴走から3カ月。役者になるなら東京へ行かないと始まらない。俺はサーフィン以外の時間をすべてバイトに注ぎ込み、資金を貯めて上京した。
墨田区にいとこが住んでいた。子どものころに遊びに行ったことがあるが、頼ろうとは思わなかった。ボロくとも自分の城を構え、イチから積み上げていきたかった。
新宿へ近い、という理由だけで中野にアパートを借りた。駅まで徒歩2分の家賃6万円。六畳一間のネズミが出るようなぼろアパートだ。
役者の養成所に入り、家から近いパチンコ屋でバイトし始めた。
「15番台のお客さま~! おめでとうございま~す!」
マイクパフォーマンスはもうわかった。2カ月弱で辞め、次なるバイト先を探した。次も何か役者活動に役立つようなものがいいかな。でも何すりゃいいんだ? 『フロムエー』をペラペラめくっていると、新宿のページで手が止まった。
「やっぱ新宿がいいよなぁ~。ん? イタリアンをメインにした多国籍料理のレストラン……ふーん、役者と関係ねーけど、まぁいっか」
以前から調理に興味があったこともあり、どんな店なのかも深く考えず、早速店にアポイントをとって面接へ出向くことになった。
JR新宿駅南口を右へ出て、坂道を降りていく。交差点にあるファーストキッチン
の裏に目当ての雑居ビルがあった。
赤いレンガ造りの螺旋階段を降りていき、赤レンガと書かれたガラス扉を押した。
エントランスの右手には5人掛けテーブルが4つ。奥にソファ席が4つとカウンター席。エントランスの左手には6人掛けの丸テーブル1つと4人掛けのテーブル席が2つ、その奥にピアノ、そしてステージがあった。
「広いだろ? 200人くらい入るからな」
店のオーナーは、いかつい風貌だった。
「うちは音楽を楽しみながら、ご飯が食べられる店なんだよ。ジャズがメインな。基本的に毎日、プロのピアニストと歌い手を呼んでライブしてるよ。ゲストが来ることもあるけどな」
オーナーは履歴書を見ながら言った。
「ふーん。名古屋かぁ。で、中学卒業してから何してたんだよ?」
「……日雇いやりながら、暴走族やってました」
「……そうか。で、おまえ何になりてえんだ?」
「役者になりたいんです」
「そうか。明日から、うち来い」
雑居ビルの地下が店で、6階には大きな冷蔵庫や調理器具、食器などが置かれてあった。ド新人の俺は当面、スタッフの言いつけ通りに6階と地下を行ったり来たりだったのだが、すぐにバイトを辞めたくなった。仕事が辛かったわけじゃない。なぜか俺はスタッフたちにシカトされた。話しかけても返事もしてくれないし、目も合わせてくれないのだ。そんなの我慢できなかった。
「俺、辞めますわ」
オーナーに言うと、すごい剣幕で怒鳴られた。
「ばかやろう! なんでシカトされてんのか、わかんねーのか!」
「……」
「おまえ、目上の人間に“君付け”はねーだろ! “さん付け”で呼べ、ばかやろう!」
「……」
「そりゃみんなシカトもしたくなるだろうよ! ド新人に“君付け”で呼ばれたって返事するわけねーだろ!」
「……」
悪気はなかった。むしろ親しみを込めて「〇〇くーん」と呼んでいた。完全に暴走族時代の名残だ。
「暴走族、辞めたんだろ! いつまでもそのメンタル引きずってんじゃねぇ! これは仕事なんだ! ここは職場なんだよ!」
「……すいません」
「簡単に“辞める”なんて言うんじゃねぇ!」
「……すいません」
「辞めるんじゃねぇ。続けろ」
「……はい」
こうして俺は上京早々に社会の洗礼を浴びた。このあとも赤レンガという場所は、長らく社会のはみ出し者だった俺を見捨てず、育ててくれる“家”になった。