料理は科学、コツも慣れも必要ない
料理というのは科学でもあります。素材に手を加えることで、ときには生理的な、ときには物理的な、また化学的な反応を意図的に起こすことで、「おいしい」「まずい」は決まります。どんなときに人間が「おいしい」と感じるのかは、生理学はもちろん、脳科学の分野にも関わってくるのです。
といっても、難しい理論を学ばなければいけないということではありません。ごくごく基本的なことを知っておくだけでいいのです。たとえば、経験的に知っている「野菜に塩をふるとしんなりして水分が出てくる」ことの理由が「浸透圧」によるものだということは、誰でも聞いたことがあるでしょう。
この理屈を知っていれば、塩ではなく砂糖でも同じように野菜から水分が出てくること、野菜ではなく肉や魚でも塩をふれば同じように水分が出ることがわかるはずです。
つまり、僕がたとえば「肉は焼く直前に塩をふってください」と言った場合、それは「塩をふってから時間をおきすぎると、肉から水分が出すぎてジューシーさが失われますよ」という意味だということがわかるはず。「ジューシーさ」を保ちたい場合は、塩は直前にふり、逆に水分を飛ばして旨味成分を引き出したい干物などは、塩をふってから時間をおいて作っている、ということです。
浸透圧が働くときに、分子レベルで何が起きているのか、ということまで厳密に理解する必要はありません。ごくざっとわかっていればそれでいいのです。
食材に「塩をする」意味は複数あります。たとえば保存のための塩、素材の細胞を壊してやわらかくするための塩、塩味をあらかじめ素材にしっかりつけるための塩。それぞれ「目的」に応じて、塩の種類や塩水の濃度、量を変えることもあります。
干物の塩は水分を抜き、旨みを増すためで、塩豚などは主に保存のため、ちなみに塩釜焼きは「味つけ」ではなく、塩で魚などの食材を覆うことで、一種の「無水鍋」状態を作り、食材自体の水分で蒸し焼きにする効果を狙うものです。
こうしたことを少し考えてみると、なんとなくこれまで「常識」のようにしていたことに根拠や意味がなかったり、逆に目指している味や食感には逆効果であるということも見えてくるはずなのです。
もちろんおいしさの基本である塩の量にも科学的な根拠があります。だから、プロでも素材の量と塩は0.1g単位で計量し、よほど熟練した人でなければ「目分量」なんて、本来あり得ません。目分量で3gの塩を量ることができる人は、そういないでしょう。