2021年シーズンの中日ドラゴンズは、ファンの期待もむなしく、借金16、リーグ優勝を果たした東京ヤクルトスワローズから18.5ゲーム差も突き放されての5位となった。

立浪新監督のもと2022年は優勝を目指すチームに、かつて“竜のエース”としてリーグ優勝と日本一の貢献した吉見一起氏は、“名捕手の存在なくして強いチームはできない”と断言。偉大さを感じた谷繁元信氏との思い出、自身の捕手感、中日ドラゴンズの若き捕手に期待することを語ります。

※本記事は、吉見一起:著『中日ドラゴンズ復活論 -竜のエースを背負った男からの提言-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

(写真:中日新聞社)

引退後に偉大さを痛感させられた谷繁さん

僕の野球人生を語るうえで感謝してもしきれないのが、やはり中日ドラゴンズの要の存在だった谷繁元信さんです。

1988年のドラフトで、江の川高等学校(現石見智翠館高等学校)から強打強肩の捕手として、横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)の1位指名を受け入団。1998年には、攻守の軸としてチームを38年ぶりのリーグ優勝に導きます。

2001年のオフにFA宣言して中日に入団後、文字どおり不動の扇の要を務め、あの野村克也さんを抜き、通算3021試合出場という日本プロ野球記録を樹立。2014年シーズンからプレーイングマネージャー(選手兼任監督)として、選手と監督という二足のわらじを履き、野村克也さんや古田敦也さんのように、他の人にはマネのできない重責も担いました。

この名捕手のおかげで、僕は勝たせてもらったといっても決して過言ではありません。自分の現役時代の終盤、谷繁さんがいなくなって、どれだけ偉大だったか痛感させられました。

僕は故障してから一気に劣化しました。そうなると、マウンドでは自分の投球フォームに気を配ることで精一杯になってしまいます。言い訳になるかもしれませんが、つまり、リードに関して神経を尖らせていく余裕がなくなるんです。僕は偉大な正捕手の存在に甘えすぎていたのかもしれません。

谷繁さんとバッテリーを組むときのことを言葉で表現すると「身を任せていた」。一方、谷繁さん以外の捕手と組むときは「配球面から自分で考えなきゃ」という意識が働いていました。

というのも、実際にサインどおりに投げていても「あっ、もう投げる球がない」「もう無理だ」と手詰まりになっていく経験をしたからです。

もちろん、捕手がリードすることに変わりはないので、僕からサインを出すことはありません。ただ、同じリードにならないように首を振ったり、イニングの合間に打者の攻略法を入念に打ち合わせてマウンドに行ったりする作業を余儀なくされました。その際に、体以上に頭が疲弊していることを実感したのです。

「吉見に任せるわ」
「投げたいボールを投げておいで」

よく谷繁さん以外の捕手に言われたフレーズです。生意気な言い方になりますが、僕はこう言われると「意思を尊重してくれる」というより「配球面の責任を回避しているんじゃないかな」と思ってしまったのです。行き当たりばったりだから、配球面で手詰まりになるんじゃないか……そうとも感じていました。

なぜなら、谷繁さんにそう言われたことは、ただの1度もなかったからです。僕にとっては精神安定剤であり、これほど心強い存在はいません。ドシッと構えているその存在が、どれだけ有り難いことか痛感させられました。

▲谷繁氏を例に出しながら、正捕手の存在がいかに大切かを力説する吉見氏

強いチームには名捕手がかならず存在する

かつての中日ドラゴンズがそうであったように、球界の歴史を紐解いても、やはり強いチームには名捕手がいます。その意味でも、黄金時代を築いた落合政権時代のあとの低迷期間を招いたのは、谷繁さんの後釜がなかなか決まらなかったことが一因だと思います。

そんななかで昨年、ようやく司令塔に決まりつつあるなと感じた選手が出現しました。トヨタ自動車の後輩でもある木下拓哉です。高知高校から法政大学、そしてトヨタ自動車を経て、2015年のドラフト3位で中日ドラゴンズに入団。試合数は1年目から9試合、51試合、16試合、39試合と4年間は正捕手の座を射止めるまでにいきませんでしたが、木下が頭角を現したのは昨年です。

開幕マスクこそ加藤匠馬(現ロッテ)に譲りましたが、シーズン中盤から後半にかけて出場機会を増やすとレギュラーに定着。最終的に規定打席の到達こそ逃しましたが、88試合に出場して打率2割6分7厘、6本塁打、32打点とキャリアハイの数字を残しました。

また、捕手が重要視される守備面に関しても、両リーグトップとなる盗塁阻止率4割5分5厘をマーク。大野雄大とともに最優秀バッテリー賞を受賞するなど、ようやく一本立ちしたなというインパクトを残しました。

僕自身も一緒にプレーしましたが、正捕手としての立ち振る舞いや雰囲気を持っているのは確かですし、彼が扇の要としてチームの責任を背負うべきだと思っています。

具体的に評価しているのは、まず、木下の長所である「キャッチング」と「構え」。投手にとって、このふたつは捕手に求める大事な要素だからです。

キャッチングは、低めの球を虫捕りのように上から捕球されたら、審判からはボールに見えますし、投手も「自分の調子が悪いのかな」と疑う気持ちすら芽生えてしまうのです。逆に「パァーン!」と取ってくれれば投手は乗っていける。同時に「構えがいい」という視覚的要素も不可欠で、そこから投げやすさが生まれるわけです。

そして、木下はがっちりした捕手らしい体型で、スローイングに関しても水準以上だと思います。配球やリード面に関しては経験が必要ですが、これを積み重ね、予習と復習を丁寧にこなしていく以外に、上達の道はないと思います。

▲捕手のキャッチングと構えが良ければ、投手は思い切り腕を振れるという 写真:中日新聞社