さまざまな映画、ドラマで活躍する俳優・工藤俊作さん。30年以上にわたるキャリアにおいて、国内の映画やドラマはもちろん、中国映画や、クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』にも出演するなど、還暦を迎えた現在も、日本国内にとどまらない活躍を見せている。

そんな名バイプレーヤーに人生の土壇場について聞くと「土壇場だらけです。でも、そのたびに誰かが助けてくれたことばかりですね」と、自らの言葉を噛みしめるように話してくれた。

▲俺のクランチ 第12回(前編)-工藤俊作-

実は絵本作家になりたかった

工藤俊作は1960年に広島県生まれ。てっきり俳優を志して上京したのかと思い聞いてみると。

「学生時代に映画研究部に入ったり、映画館でバイトしたりはしてたんですけど、俳優になりたいって思ったことはありませんでした」

では、上京のキッカケについて伺うと「絵本作家になりたかったんです」と、その迫力のある風貌からは想像もつかない言葉が。

「高3のときに、肺気胸の手術をすることになって入院してたんですけど、そこで友達から長谷川集平さんという作家さんの『はせがわくんきらいや』という絵本を教えてもらって。その絵本は、森永ヒ素ミルク事件の被害者である長谷川さんの体験をもとにした作品なんですけど、事件や世相を絵本に反映できるんだ、というのが衝撃で。絵本作家になりたいなって思ったんです」

絵本作家になりたくて上京。しかし、大学受験に失敗し、どうしようかと考えていたところ、俳優養成所の広告が目に止まった。それが東映演技研究所だった。

「実はその前に無名塾(仲代達矢さんが主宰している俳優養成所)にも応募しようかと思ってたんですが、締切が過ぎていて。あとから“無名塾に入ってたら、バイトもできないし大変だったよ”と聞いて、あ、入らなくて良かったかな、って(笑)」

それくらいラフな感じで東映演技研究所に入所、16期だった。そして工藤に転機となる出会いが訪れる。

「鶴田浩二さん主演の『男たちの旅路』ってドラマに出演することになって、僕の役が薬物をやっている若者の役。別に役作りなんか必要ないほどの端役なんですけど(笑)、3日寝ないで現場に行きました」

撮影後、ひとりの男が工藤を訪ねてきた、14期の先輩俳優、菅田俊だった。

「“お前か、3日寝ないで芝居したってヤツは?”と声をかけられて(笑)。そこから交流が始まり、あるとき“菅原(文太)の親父さんの家へ庭掃除に行くけど、お前も来るか?”と誘っていただいたんです。まあ、ご本人とお会いすることもないだろう、と思って1人で庭掃除してたら、いきなりガラガラって雨戸が開いて、そこに立ってたのが真っ赤なバスローブを着た菅原文太でした(笑)」