軽い気持ちで入った俳優の道で、菅原文太さんに師事することになった工藤俊作さん。濃密な時間を過ごす一方、今後の人生に不安を感じ、菅原のもとを去り、俳優を廃業する決意をする。しかし、周りに請われる形で俳優業に復帰。新たな気持ちで役者へ向き合うことになった。

▲俺のクランチ 第12回(後編)-工藤俊作-

主演した中国映画で爆死寸前での渾身の芝居

1993年には、それまでの芸名“山下伸二”から現在の工藤俊作に改名した。

「親父さん(菅原文太さん)の付き人の頃、東映セントラルフィルムの『黒いドレスの女』という作品で制作をされていた青木勝彦さんと出会い、その当時から親身にしてくださり、松田優作さんとも縁が深い方だったので、優作さんが亡くなったあとに「お前が跡を継げよ」と言っていただいて、初めてVシネマでの主演『極楽金融伝 裏通り雷人』から工藤俊作に改名しました」

その後も、さまざまな作品に出演し俳優としてのキャリアを積み重ねてきた工藤。忘れられない撮影もいくつかあるという。

「2004年に中国映画『太行山上』に主演することが決まって、中国に行って歓迎会を開いてもらったんですが、そこに監督がいて、ラストについて侃々諤々(かんかんがくがく)話してたら、自分の意見を採用してくれて、台本を書き直してくださったんです。とてもうれしかったんですけど、撮影が押しに押して(笑)」

もともと12月にスタートし、年内に終わる予定だった撮影が年を越すことに。

「そのうち大雪になって、ラストは爆破シーンがあるんですけど、この雪がやまない限りは撮影できないと言うんです。でも、僕のビザの期限は迫ってきていたので早く撮影をしてほしい。そうするうちにどうしたかと言うと、“すみません、骨折したフリしてください”と現地のスタッフに言われて(笑)。現場にあったギプスを足につけて、医者も連れて大使館に連れて行かれて、“彼は骨折してるから日本に帰れない”と(笑)。正直、僕は早く帰りたかったんですけど」

日本では考えられないことが起きるのが海外の撮影。こんなエピソードもある。

「雪がやんで、撮影が再開されることになったんですが、相変わらず雪は積もってるんですね。でも、中国ってすごいなと思ったのが、2000人くらいの軍隊がバーっと雪かきを始めて、すぐ雪がなくなったんです。国が映画に協力する体制はすごいと思いました」

そして、いよいよ工藤の意見が採用されたラストシーンの撮影となったが、ここでも一悶着が。

「いざ撮影現場に行くと、爆薬をどこに埋めているのかわからない状態なんです、しかも30発以上! なかにはナパーム弾もあると言うじゃないですか。通訳を介して“どこに埋めたんだ”と聞いても“あの辺”だよと適当にあしらわれて。ちょうど前日に爆発で片腕がふっ飛ばされる夢を見て(笑)。今じゃ笑い話ですけど、本当に身の危険を感じたので“ちゃんと埋めた場所を教えてくれないと俺は明日の飛行機で帰る!”と通訳に伝えて、待機の車に戻ったんです。そうしたら爆薬を埋めた担当が慌てて呼びに来て、仕掛けた場所を全部教えてくれて。最初からそうしてくれたらいいのにと思いました(笑)」

本番が始まり、ラストシーン、爆発の中で工藤演じる主人公は自決する。

「すごい量の爆発で、舞い上がった小石が全部顔にぶつかってきて、それがめちゃくちゃ痛いんです(笑)。でも表情に出しちゃいけない、さまざまな想いをもった主人公が自決するんだから、そういう表情をキープしなきゃいけない。しかも、自分の案を採用してもらったんだから尚更ですよね。それであがりを見てみたら、表情が確認できないくらいの引きの絵で。俺の我慢はなんだったんだよ!って叫びたくなりました」

 

撮影現場で見たレオナルド・ディカプリオの役者魂

また、工藤は2010年に公開されたクリストファー・ノーラン監督のハリウッド映画『インセプション』にも出演している。

「やはり日本の現場とは、規模から何から全然違うなって思いました。ケータリングもものすごい種類がありました。この映画には、日本人キャストとして渡辺謙さんが出演されていたんですけど、謙さんとはその前に『沈まぬ太陽』でご一緒していたんです。僕の役が労組の役で、本番で結構ガツガツした芝居をしたことがキッカケで、休憩中に少しお話しする機会があって。そのご縁もあって『インセプション』の現場でも良くしてくださり、僕の演技への質問をスタッフに通訳までしてくださいました(笑)」

映画好きである工藤。この現場では心残りがあるそう。

「クリストファー・ノーラン監督、渡辺謙さん、レオナルド・ディカプリオ、ジョセフ・ゴードン=レヴィットがいて……こんな機会は二度とないから記念撮影をしたいじゃないですか(笑)。でも、監督が大の携帯電話嫌いで、絶対に現場に携帯を持ち込まないでください、と念押しされていて撮影は叶わず……残念でした(笑)」

また、レオナルド・ディカプリオの芝居も印象に残っているという。

「クリストファー・ノーラン監督は、基本的に芝居はすべてワンテイク。ディカプリオが“今の演技でいいの?”と監督に聞くと、監督は“ビューティフル!”とだけ。でも、そのワンテイクがすごく素晴らしいんです。あと、ほかの人の芝居を見るときに、モニターで見ないんです。ずっとカメラの横で、ほかの出演者の芝居を見ていて。“この人は本当に映画が好きで、自分で撮りたい側の人なんだな”と思いました」