「おかえりなさい! お嬢様」…僕の彼女は何者?

この頃の僕には、付き合って半年になるマヤという彼女がいた。マヤは口酸っぱく「揉め事には首を突っ込まないでほしい」と言っていた。その忠告を受け入れていれば、今回みたいに危ない目に遭うことはなかっただろう。

マヤが面倒事を避けるように何度も言っていたのは、家庭環境によるものが大きかったのかもしれない。デートでご飯を食べに行った帰りに、マヤの家に挨拶に行ったことがある。友人の親と仲良くなるのが得意だった僕は、少し緊張していたが余裕だった。

が、家の前に着いたときに、余裕は姿をくらまして、緊張が全面的に前に出てきた。一般家庭の表札が付いている部分に家紋が付いている。門構えも普通じゃない。大きなガレージがあって、中には黒光りのベンツが置いてある。

シャッターが開いて、スーツを着た男がマヤに声をかけた。

「おかえりなさい! お嬢様」

お嬢様? 誰? 彼は何者? いやマヤは何者? どんどん前に突き進んでいくマヤに付いていくしかない。玄関の扉の先にはお母さんがいた。優しそうな人だ。快く中に招き入れてもらった。右手には虎の剥製。左手には大理石の置物。奥には、おばあちゃんとおじいちゃん、お父さんがいた。

「お〜、よく来たな! マヤの恋人に会えるなんてうれしいよ。ご馳走を用意しておいたから、お腹いっぱい食べなさい」

「あ、ありがとうございます! いただきます!」

デートでご飯を食べた帰りだ。おじいさんの粋な計らいで、次々においしそうな料理が運ばれきたが食欲は微塵もない。でも、食べないと失礼にあたる。こんな状況なのにも関わらず、追い討ちは止まなかった。

「お前、もし浮気したらGPS使って探し出すからな」

「はい! 大丈夫です! 絶対にしません」

お父さんの圧力だ。自分の娘を思ってのことだろうが、今はそれどころじゃない。胃の中からあふれ出しそうな物を抑えて、目の前の料理を全て流し込んだ。そんな僕の食べっぷりを見て、トドメの一言が放たれた。

「おいしそうに食べるなぁ! よし! ばあさん! おかわり持ってきてやりなさい!」

地獄だ。マヤは皆と仲良さそうにしている僕を見て、ご満悦。なぜ気づかない? 一緒にご飯を食べたんだから、お腹いっぱいなのはわかるはずだ。本当においしいから箸が止まらない、とでも思っているのだろうか。このことでマヤを責めはしなかったが、先に言っといてくれたら良かったのに、と心から思った。

このあとも順調に愛を育んでいった。半年後。付き合って1年が経とうとしていた頃だ。マヤの様子が少しおかしい。前はメールのやり取りも頻繁にしていたのに、近頃は回数も減って内容も冷たく感じる。このことを集会で小野木さんに相談してみた。

「そのメール見せてみ」

「はい」

「あぁ、これは浮気してるな」

一刀両断。さすがに先輩とはいえ言い過ぎだ。メールが冷たいだけで浮気をしている、ということにはならない。でも、雲の上の存在である3代目の先輩に、話を聞いてもらえるのはうれしかった。

こうした流れで、初代や2代目とも話すようになって、啓介くんは自分が主催しているレゲエイベントにも呼んでくれるようになった。ここで大志と久しぶりに再会をする。通信高校を退学して以来だ。ライブが始まる前に、2人で少し話すことにした。とりとめもない会話の流れから、互いの生い立ちの話になった。

「親に捨てられたことがあってさ。小学校から帰ったら誰もいなかったんだよ」

「マジか」

「そのあと、ばあちゃんに引き取られたんだけど、腹立って卵投げたんだよね」

「え? ばあちゃん卵投げられるようなことしてなくない?」

「いや、3年後に姉ちゃん連れてオカンが戻ってきてるって聞いて、なんで俺だけ一緒に住めないんだって八つ当たりしたんだよ」

「姉ちゃんいたの?」

「そう! 学校中で噂になってたんだよ。俺の姉ちゃんがいるらしいって」

「それを他人から知らされたの?」

「ビビるだろ? で、俺と一緒に住むってなったときには知らない男もいてさ。新しい親父になったんだけど。そいつ、最終的に姉ちゃんの風呂入ってるとこを盗撮したんだよ」

思わず笑った。壮絶な人生だとは思ったが、不幸が多すぎて、心の中でまだあるのかと思ってしまう自分が可笑しかった。

「過去の不幸話をして笑われたのは初めてだよ。でも、他人の不幸なんてそんなもんだからな。逆に同情するやつは偽善者だと思うし」

この頃の大志は、自分の不幸話を使って異性をオトしていると言っていた。人の善意につけ込んだ悪しき犯行だ。僕は芸人が不幸話で笑いをとるのが好きだった。大志もお笑いが大好き。ようするに変わり者同士。普通、人の不幸話を聞いて笑ったら嫌われてしまう。だからこそ、僕たちにはお互いしかいなかった。本当は他にも大事な存在がいたのに。忘れていた。思い出したのは、一本の電話がキッカケだった。

「健悟。タケルが死んじゃった」

「45」は、次回12/24(金)に更新予定です。お楽しみに!!


プロフィール
 
福田 健悟(ふくだ けんご)/吉本興業所属
平穏な家庭に育つも、高校生になり不良の道へ。地元、岐阜県で最大の規模を持つ不良チームのリーダーとなる。18歳の頃、他チームとの抗争が原因で留置所に2週間、鑑別所に2週間の計4週間を更生施設で過ごす。週に1回の入浴、美味しくないご飯、笑うことが許されない環境で生活をして当たり前の日常の大切さに気づく。そもそも子どもの頃になりたかったのは、お笑い芸人だった。周りにナメられるのが嫌で言い出せなかった。不良を演じて虚勢を張っていた。出所後は本当の自分になることを決意し、お笑い芸人を目指して上京する。わずか10万円を握りしめての東京生活。コンビニでアルバイトをしながらも舞台と日常を分けずに常に芸人としての自分を貫く。すると近所で評判のコンビニ店員になる。「あのお兄さん大好き」「接客のプロ」とたくさんの称賛をいただきながら実感する。人は変われる——。世間から忌み嫌われていた不良が世間から愛される人間に更生した。人生における全ての「負」から立ち直った経験を生かして、他人のありとあらゆる「負」も更生する。つまらない時間を面白い時間に「更生」するため、お笑い芸人として活動中。Twitter→福田健悟@ganeesha_fukuda