食についての著作を数多く発表している小泉武夫教授。そのなかでも肝についてのこだわりは強く、世界一の肝喰いを自認するほど。これまで食してきた肝のなかから“絶品肝”を取り上げ、その扱い方や食べ方、肝の魅力を述べつつ肝料理談義を展開します。真冬に旬を迎え、幻の高級魚とも称される「クエ」の肝も絶品だそうです。
九州では祭りや祝い事などに欠かせないクエ
ハタという魚は、おそらく今では最も高価な超高級魚といっても過言でない。ひと言で「ハタ」といっても、世界の暖海にはその仲間が370種もいるというから複雑なのであるが、ここで述べるハタは日本近海にいるマハタ(真羽太)とクエ(九絵)のことである。
いずれも太平洋では千葉県銚子以南、日本海では新潟県以南の暖かい海に分布しており、インド洋沿岸にまで広がっている。成魚は水深100メートル以深に棲み、魚類やエビ、カニなどを食べて生きている。以下では、ハタもクエも同じような魚で、料理法も酷似しているので、一般的に名の知られているクエの肝料理で述べることにする。
体全体が黒褐色で、体側に約7条(すじ)の濃い黒色の帯が縦に入っている。成魚はとにかく大きく、平均で体長1メートル、大きいものでは1.5メートルから2メートルに達するものもいる。高級魚として磯釣りの好対象となり、また底曳網で漁獲される。
肉は美しい白身で、刺身や洗い、煮つけ、鍋物などで料理されるが、いずれも食べた者に感動を与えるほどのうまさである。長崎県や佐賀県、福岡県などでは、この魚の人気は只者ではなく、祭りや祝い事などでは欠かせないほどの重要種である。
我が輩も、このハタやクエの料理は大好きで九州に行くと賞味している。とても高価なので、そう食べる機会は多くはないから、いざ賞味する時には心を落ちつかせ、瞑想などをしてしっかりと味わうことにしている。刺身や洗いはコリリ、コリリとして、あるいはシコリ、シコリとして、そこから絶妙無比の上品で優雅なうま味と甘みとが湧き出してくる。
煮つけや鍋では、そのゴロリとした身を口に入れて嚙むと、歯に潰されてホコホコと崩れ、そこからは濃厚なうま味がジュルジュルと湧き出てくるのである。
肉身がそのように美味であるので、当然ほかの部分もおいしく、この魚の場合は鰭(ひれ)、頭、尾、骨などの粗(あら)も鍋や汁ものとして利用してしまう。もちろん、真子(卵巣)や白子(精巣)、腸、胃袋、心臓、肝などの内臓も“食べないぞう”などと言わず、すっかりと食べてしまう。
さてクエの肝の喰い方である。これにはさまざまな料理法があるので、ここではおいしく食べられる代表的な食べ方を述べる。
先ずはじめは「肝のゴマ油和え」で、これは実にうまい。とにかく大きな魚なので肝も大きく、適宜の大きさにぶつ切りにし、血を洗い流し、熱湯で2分ほど煮る。それを素早く氷水に移して締め、水気を拭き取ってから食べやすい大きさに切り分ける。器に盛り、ゴマ油を回しかけてから塩を振り込んで出来上りである。
香ばしいゴマ油の滑らかなコクに、肝の濃厚なコクとうま味が重なり、焼酎かウイスキーといったハードリカーや、辛口の日本酒の燗酒、ボディの張った酸味の強いワインなどによく合う肴となる。
肝の脂がたまらなく美味な「クエの肝鍋」
刺身を肝醬油で食べる「クエの肝醬油」も絶品である。生肝をよく叩き、醬油と混ぜただけのタレに刺身をつけて食べる。
これは、カワハギの刺身を肝ポン酢で食べるのに似ているが、クエの刺身はカワハギの身よりもぐっとうま味が強く、ちょうどフグとタイが合わさったような風格がある。そこに迫力のある肝のコクと濃厚なうま味が重なり、それを醬油のうまじょっぱみが囃(はや)すので絶妙なのである。
「クエの肝味噌」もおいしい。肝を湯がいて水分を拭き取り、刻んだネギと味噌と共に包丁で叩き、醬油をひとたらしすればもう食べられる。とにかく早く簡単にできるのがうれしく、馥郁(ふくいく)とした味噌のうまじょっぱみにネットリとした肝のコクとうま味が重なり、それをネギの快香と微かな辛みが囃すので、野趣満点の美味が味わえる。
「クエの肝鍋」は、クエの粗(胃袋、皮、中骨、鰭、頭など)を肝、長ネギ、白菜、春菊、シイタケなどとグツグツと煮て、紅葉おろしを添えたポン酢醬油でいただく鍋料理である。
「アラの粗鍋」ともいうが、粗からおいしい出汁が出て、またゼラチンやコラーゲンもたっぷりと出てくるので、粗のそれぞれの部位も美味となり、そこに肝の脂からのペナペナとしたコクが絡みついて、そこにポン酢醬油のうま酢っぱみも参入して、収拾のつかない美味の混乱に陥るのである。