食についての著作を数多く発表し、世界一の肝喰いを自認する小泉武夫教授が、これまで食してきた肝のなかから“絶品肝”を取り上げ、その扱い方や食べ方、肝の魅力を述べつつ肝料理談義を展開します。

アンコウと同じく、捨てるところがないと称される「鰻(ウナギ)」。特に「串焼き」「肝吸い」などの調理法で知られる「肝」は、おいしさと栄養を兼ね備えているそう。

▲土用の丑の日で有名な「鰻(ウナギ)」 出典:shige hattori / PIXTA

「ウナギの肝は精がつく」はデータが証明している

ウナギは捨てるところなどまったくなく、とことん食べつくされる魚である。調理で出た粗のうち、頭は串に刺して「甲かぶと焼き」、骨は「骨せんべい」、肝は「肝吸い」、または串焼きでペロリと食べてしまう。

昔は、ウナギの肝を生食すると、夜盲症に特効薬であるとのことで一部で薬喰いされたようだが、衛生上の問題から今はまったく行われていない。

昔も今も、鰻屋の本格料理に肝吸いと肝のつけ焼きは欠かすことはできないが、その調理法は、ウナギを割いたときに出る肝を取り出し、それに付随する紐状の部分も少しつけて切り落とす。紐状の部分に含まれた汚物は指でこき去り、塩水で洗ってから熱湯で湯がき上げると下ごしらえは終了。

それを吸い物椀に取ってさらし、ネギを加え、出汁の効いた熱い澄まし汁をかけてから、おろし生姜の搾り汁を落としたのが、肝吸いである。

つけ焼きは、肝を蒲焼き用の串に刺して蒲焼きと同じタレでつけ焼きし、粉山椒を振りかけるのが定式で、あるいは肝を薄口醬油で時雨煮にしたのも、通し物にすると酒客に喜ばれる肴になる。

▲ウナギの肝串 出典:midori_chan / PIXTA

ウナギの肝の栄養価は驚くべきである。例えば、重要ビタミンであるビタミンAは、ウナギ肝100グラム中4400マイクログラムに対し、牛のレバーは1100マイクログラム。葉酸はウナギ肝の380マイクログラムに対して、牛のレバーは270マイクログラムなどである。

ちなみに、ビタミンAは肌の健康を保ち、喉や鼻の粘膜に働きかけて免疫力をアップさせたり、細菌やウイルスの侵入を防ぐこと、さらに疲れ目や視力障害といった症状を改善する大切な役割がわかっている。

葉酸はビタミンB群の一つで、新しい赤白血球を作ったり、情報伝達に関わるDNAの合成に不可欠なビタミンと言われている。またビタミンEも豊富で、老化促進物質の増加を抑え、若返りホルモンの分泌を促進してくれる。

つまり、ウナギの肝は精がつく、と昔から言われてきたのは、このようなことを体験的に知っていてのことではあるまいか。

そのため、ウナギの肝は身と一体として扱われ、決して捨てられることなく肝吸いや串焼きで食べられてきた。

本当はウナギの肝ではないけど「肝吸い」

ところが、このウナギの肝料理、実は肝臓を使うのではないのである。というのは、ウナギの肝は味が弱く、そのうえフワフワとやわらかなので、串に打ったりすることはできない。

そのため、街の鰻屋で出してくれる肝吸いあるいは串焼きの本性は、胃を中心とした腎臓や腸が付着した消化器官くらいなのである。

つまり「胃の吸物」とか「腎臓の吸物」「腸の吸物」などと名づけると、そう食指が動くものではないが、いきなり「肝吸い」とくると、どことなく客に強壮感を期待させたり、栄養価を意識させたりするので食べてくれることになり、鰻屋はそれで儲かることになる。

本当はウナギの肝ではないのだけれど、街では肝焼きや肝吸いと読んでいる料理について述べる。先ず、基本的な「肝煎り」である。

鍋に調味料(ダシ汁100ミリリットル、日本酒大サジ2、醬油大サジ3、味醂大サジ1)を入れて中火で煮立て、そこにウナギの肝(25尾分、約200グラム)を入れ、蓋をする。肝にしっかりと火が通り、全体がふっくらとしたら火を弱め、水分がなくなる手前まで炒り煮して火を止める。それを器に盛りつけ、粉山椒を振りかけ完成である。

やや光沢のある飴色に染まり、見た目にも食欲をそそってくる。食べると甘じょっぱい旨味がしてきて、胃や腸が歯に応えてコリコリとし、腎臓あたりはポクリトロリとし、濃厚なコクが出てくる。なお、肝煎りや肝吸いに苦みがあるのは、腎臓の苦玉から来るので、苦みの嫌いな人は取り除いた方がいい。

この肝煎りを使って作るのが「鰻肝(まんがん)巻き」という洒落た料理である。日本酒(大サジ1)と卵(1個)をよくかき混ぜ、そこに肝煎り(串焼き1本分ぐらい)を入れ、油を引いたフライパンの上で焼く。それをオムレツ形に折り固め、切り分けていただく。つまり「肝煎りの卵の包み焼き」といった料理である。

実際に作って食べてみると、フワフワとしたやわらかい卵焼きに、コリコリとした肝煎りの歯応えが対照的で、肝煎りからの濃厚な旨味と甘辛みが淡泊な卵焼きの味をぐっと押し上げ、なかなかのものであった。