食について数多くの著作を発表し、その独特の小泉節で読む人の空腹を刺激する小泉武夫教授。なかでも肝についてのこだわりは強く、世界一の肝喰いを自認するほど。日本では古来から食卓にのぼっていた「猪(イノシシ)」。ぼたん鍋などが一般的ですが、そんなイノシシの肝には、どのような調理法があるのでしょうか。
阿武隈高地の猟師料理「イノシシのレバーの燻製」
イノシシ(猪)は、豚に似て丈は低いが短身肥大で、体重70キロから大きいものでは100キロを優に超えるものがいる。性質がいたって勇猛で、これを馴化させたものが家畜の豚だといわれている。
肉がすこぶる美味なために古来、狩猟獣として珍重されてきた。俗に「山鯨(やまくじら)」というのは、鯨と同じく脂肪豊富な意味と、獣肉忌避時代の隠語であり、また美称して「牡丹」と呼ぶのは「牡丹に唐獅子」の“しし”の縁語と、馬肉の「桜(さくら)」に対応したものである。
「イノシシのレバーの燻製」は、阿武隈高地の猟師たちがよくつくるもので、友人の郡司節夫さんにつくり方を教えられたことがあった。一度つくって冷蔵庫に保存しておくと、かなり長持ちするので酒の肴に重宝である。
彼らは自家製の燻蒸箱(スモーカー)を持っていて、イノシシの内臓というよりは、肉そのものを燻製にして保存しているのである。そして、たまにイノシシが何頭も捕れるとレバーも大量に出てくるので、スモークしているのである。
先ず血抜きしたレバー(大体500グラム)をたっぷりの水に入れて火にかけ、30分茹でてザルに取る。それにたっぷりの塩を塗り、ファスナー付きのビニールバッグに入れて冷蔵庫で一夜寝かせる。表面の塩を流水で落とす。表面がぬれていると煙の成分がつきにくいので、水気を拭き取ってから乾風に晒(さら)して表面を乾かす。スモーカー内に吊るし、チップに火をつけて煙を出す。
その燻製の方法には三種ある。「熱燻法」は100℃以上の煙で燻いぶすため、グリルで焼いたような味となり、彼らはこの方法でイノシシの肉をロースト状にしていた。「温燻法」は生の風味を損なわずに、60℃から80℃の煙で乾燥させながらほどよい燻香をつける手法で、彼らはこの方法で塩漬けしたロース肉や腿肉(ももにく)をハムに加工していた。
また「冷燻法」は素材を生に近い状態に保たせ、しっとりとした食感を残すために、煙の温度を50℃以下に抑えて何日もかけて燻す方法である。冷燻法でつくったレバーは、しっとりとしていて実に味は濃厚だ。
そのレバーの燻製を切り分けて、1個を口に入れて嚙んだ。するとレバーはポクリと裂けて、中から濃厚なうま味がジュワワーンと湧き出してきて、鼻孔からは香ばしい煙香が抜けてきて美味である。
我が輩は、彼らがつくったイノシシのレバーの燻製をいただくと、酒は決まってウイスキーのロックにしている。勿論、ウイスキーにも鼻をくすぐるような素適なスモークフレーバーがあり、この肴とはとても相性がよいのである。
「イノシシのレバーのニンニク炒め」も彼らの得意料理であった。簡単にでき、すぐに酒のあてになるから重宝だと言っていた。フライパンに油を熱して、千切りにしたニンニク(6片一個まるまる分)とショウガ(一かけ)を炒め、レバー(300グラム)をスライスしたものを加えて炒める。レバーに火が通ったら酒(50ミリリットル)と醬油(大サジ1)、砂糖(大サジ1)、だし汁(50ミリリットル)を加え、さらにどんどん炒めていって、煎りつけて仕上げる。
これを実際につくって食べてみたが、確かに簡単、そしてとてもおいしかった。なんといってもレバーのコクのある滑らかなうま味に、しっかりとニンニクのうま味と甘み、香りがついて、どうにも箸は止まらなかった。