アルバイト先の池本チーフは、他の人から聞いた悪口をその本人に言いふらす。そんな態度にストレスが溜まっていく福田健悟。その感情を小声の川田くんにぶつけてしまうが、そこで福田はあるヒントを得る。正しいことっていったいなんだろう――私たちが生きていくなかで、学ぶべきことはいつも自分のすぐ近くにあるようだ。

計算どおり? 池本チーフが教えてくれた大切なこと

このあとも、池本チーフは、他の人から聞いた陰口を本人の前で言いふらした。そんなことが続いていくうちに、池本さんに対する信用を失くした従業員は、誰も彼の目の前で陰口を言わなくなった。

野菜売り場のチーフということもあって、休みの日以外は常に現場にいる。鬱憤を晴らす場がない従業員は、ストレスが溜まっていった。川田くんの声のボリュームも変わらない。我慢の限界だった。

「川田さん。もうちょっと大きい声で話してくださいよ」

「え? 言ってるでしょ」

「いや、聞こえないんですよ! 聞き返したら嫌な顔するし」

「……ごめん」

「別に声が小さいのはまだいいとしても、なんで聞き返したらムスッとするんですか?」

「実は……昔から声が小さいって言われて、コンプレックスだったんだ。いきなり大きい声は出せないかもしれないけど、聞き返されたときに嫌な顔をするのだけはやめるよ」

この話しをしてから、川田くんは変わった。最初は相変わらず小声だったが、徐々に大きくなっていった。こうして何か問題が起きたときは、陰口を言うのではなく、本人同士で話し合って解決をするようになった。こうなることを池本さんは計算していたのだろうか。

「お〜池本ちゃん! どうよ? 調子は」

店長がコミニケーションを取ろうとしている。池本さんは書類の整理中。僕は後ろで、2人のやり取りを黙って見ていた。

「最近あんまり売れなくなってきたよなぁ」

「……」

「どうしたら売れるかなぁ」

「……」

「そろそろ暑くなってきたから、商品も……」

「ごめん。店長。邪魔だわ」

店長は背中を丸めて去っていった。相変わらずのストレートな物言いだ。これも計算? そうは見えない。やっぱり池本さんは、言いたいことを言っているだけなのかもしれない。そう思ったが、1つだけわかったことがある。この人は、相手の立場に関係なく、ハッキリと物を言うことだ。

下の立場だろうと、上の立場だろうと関係ない。人を見て、コロコロ態度を変えることさえしなければ、何を言ってもいいのだろうか。それなら昔の自分も同じだ。納得がいかなければ、バイト先の上司に食ってかかっていた。

唯一の違いといえば言い方くらい。池本さんの言い方は、単刀直入ではあるが、冷静さも兼ね備えている。過去の僕は、声を荒げたり、攻撃的な言い方をしていた。これからは言い方に気をつけよう。現時点で改善できそうなことは、他に見当たらない。

バイトを終えて家に帰ると、ネットで購入したビデオが届いていた。箱から開けて中を見ると、注文した商品とは別の物が入っている。交換をしてもらうために、購入先の会社に電話をした。

「ビデオを買ったんですけど、別の物が届いてしまいまして」

「かしこまりました。少々お待ちください。担当の者に代わりますので」

こんなにも早く、学んだことを活かすチャンスが訪れるとは思わなかった。ここで怒ってしまっては、元の木阿弥。このまま柔らかい言い方を心がけよう。保留音が流れて、担当者に代わるのを待った。

「はい。お電話代わりました」

「……えぇと、ビデオを買ったら、違う物が届いてしまって」

「では担当の者に代わりますので、少々お待ちください」

あれ? 最初の電話相手も、担当の者に代わると言っていた。こういうのが2回続くのは普通なのか? そんなはずはない。まぁいい。次は大丈夫だろう。

「はい。代わりました。どうしましたか?」

「……いや、ビデオが間違って届いたんですけど」

「かしこまりました。では担当の者に代わりますね」

何が起きているんだ? たらい回しにされている。前の電話相手は次の電話相手に、内容を伝えずにバトンタッチしているのか? これでも普通に接しなければいけないのだろうか。

「はい。お電話代わりました。どうされましたか?」

「いい加減にしろよ!」

やってしまった。電話を切って、免許証の名前を見ると『45』と書いてある。確かに声を荒げたのは良くないことかもしれない。とはいえ、今みたいな難題を突きつけてきた神様を恨まずにはいられなかった。