「ユダヤ人難民救済」の功績を盗もうとたくらむ中国

樋口 最近、樋口季一郎を応援してくれているカナダのユダヤ人夫婦と知り合いになったんですが、彼らからいただいたメールにすごいことが書いてありました。カナダでは――おそらくアメリカでもそうだろうけども――中国の“宣伝工作”が効きすぎてしまっていて、満州で2万人のユダヤ人難民を助けたのは中国人だとされているようです。

岡部 えっ、本当ですか!? それはひどい。

樋口 たとえば、ハルビンや上海にもユダヤミュージアムがありますが、そういうところでも中国人がユダヤ人を助けたことになっています。その当時、日本人がやった良いことは全部、中国人の手柄にされている。我々日本人からすると、ちょっと考えられないくらい露骨なやり方なんですけどね。

岡部 中国人じゃなくて、日本人がユダヤ人を助けたという歴史的な事実を、我々も世界に向けてもっと発信しなくてはいけません。

樋口 そのユダヤ人夫婦は、樋口季一郎に関する小冊子を作って配って、一生懸命発信してくれているそうです。

岡部 ありがたいですね。

樋口 ただ、そうした歴史的事実が世界のスタンダードにならないのも、やっぱり“戦前の日本は悪かった”という固定観念が足枷になっているんでしょう。

▲「歴史的事実を発信していかなければいけない」と語る岡部氏

大戦中に日本が救ったユダヤ人は4万人!?

樋口 そのあたりの事情はイスラエルでも同じで、日本人と仲良くしてきたユダヤ人は、長いあいだ肩身の狭い思いをしてきたみたいです。だから、イスラエルにおける樋口季一郎の評価も、非常に複雑だったのではないかと思います。なんとなく、大きな声で樋口季一郎を讃えられない空気があるみたいです。

ひどいものだと、「樋口季一郎のユダヤ人救出の話は、南京大虐殺をカモフラージュのために作ったデマだ」と言う研究者もいるとか。そういう唐無稽な話が、イスラエルではこれまでまかり通ってきたらしいんです。今でもそうかもしれない。

でも、一方で新しい動きも出てきています。たとえば、イスラエル・ヘブライ大学の日本近代史研究者であるメロン・メッツィーニ名誉教授は、著書『日章旗のもとでユダヤ人はいかに生き延びたか』(勉誠出版)で「大戦中に日本が4万人以上のユダヤ人を救った」と主張しているんです。

岡部 4万人! これまで2万人でも「そんなにいるわけない」と否定する人たちがいたのに、4万人は驚きですね。

樋口 もちろん大まかな数字ではあるのですが。従来の2万人という数字は、当時ハルビンに住んでいたユダヤ人の指導者、アブラハム・カウフマン〔ハルビン市内で総合病院を経営する内科医として働きながら1919年から1945年夏までハルビンのユダヤ協会会長を務めた〕の伝記に由来するものだと思われます。

それに加えて、当時のユダヤ人は、日本の勢力下にあった東南アジアやオセアニアにも2万人ほど住んでいたそうなので、合わせて4万人のユダヤ人が度重なるナチス・ドイツの干渉にも関わらず日本によって救われた、とメッツィーニ先生は言っているわけです。

もっとも、樋口自身も正確な数字を把握していたわけではないですし、日本側には残されていない外国の記録などもありますから、数字だけをあれこれ議論するのはあまり意味がないかもしれません。樋口季一郎の仲介によって、満州で助けられたユダヤ人難民の総数を正確に把握することは不可能でしょうからね。

いずれにせよ、メッツィーニ先生のような見方をする学者がイスラエルに出てきたのは、これまでにない新しい動きであることに違いはありません。イスラエルには「ヤド・ヴァシェム」というホロコーストの博物館があるのですが、残念ながら東アジアに関する研究はまだほとんど進んでいないので、メッツィーニ先生の登場はタイミングとしても良かったと思います。

▲エルサレムにあるヤド・ヴァシェム(ホロコースト博物館) 出典:Juandev(ウィキメディア・コモンズ)

樋口 ちなみに、アメリカでも最近ちょっとした新しい動きがありました。東京オリンピック前の2021年6月に、アメリカの『The Forward』というユダヤ系の新聞が、樋口季一郎を写真入りで取り上げていたんです。内容としては、日本とユダヤ人が歴史的に深くつながってきたことを紹介する記事なんですが、これまでのように杉原千畝だけじゃなくて、ちゃんと樋口季一郎の名前も出てきます。

岡部 それはすばらしい。チェックしてみます。

樋口 最初に読んだときには、予期せず“樋口季一郎”の名前と写真が出てきて「おっ!」と思いましたね。『The Forward』は戦前からある新聞なんですが、やっぱりアメリカの歴史の見方も変わりつつあるのかなと。

岡部 アメリカの新聞が樋口季一郎を紹介したというのは、すごいことですね。