「日本人はインテリジェンス(諜報活動)が苦手だ」と能力を過小評価される傾向があるが、それは間違っている。戦前の日本軍には、ヤルタ密約をキャッチした小野寺信。2万人のユダヤ人を救い、北海道を守り日本分断を防いだ樋口季一郎。F機関を率いてアジアを開放した藤原岩市がいた。産経新聞論説委員の岡部伸氏が、“至誠”の諜報活動を行っていた3人の帝国陸軍軍人を紹介する。

※本記事は、岡部伸:著『至誠の日本インテリジェンス -世界が称賛した帝国陸軍の奇跡-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

21世紀の「ホットスポット」はアジア

日本は今、戦後最大の国難に直面しています。欧州ではロシアによるウクライナ侵攻が開始されていますが、東アジアでは、北朝鮮が挑発的なミサイル発射を繰り返し、軍事膨張を続ける中国による尖閣諸島と台湾侵攻の実現性も高まっています。

中国の習近平国家主席は、2021年10月、辛亥革命110周年記念大会で「台湾統一は必ず実現させなければならない」と言い切りました。その直後に、中露の軍艦10隻が艦隊を組んで日本列島を周回する、前代未聞の威嚇行為に驚かれた方も少なくなかったことでしょう。

▲21世紀の「ホットスポット」はアジア イメージ:3DSculptor / PIXTA

冷戦期の20世紀の「ホットスポット」は、東西対立が先鋭化する欧州でしたが、米中対立が熾烈を極める21世紀は、台湾海峡・東シナ海を含むアジアです。その最前線に立たされる日本は、抜本的な安保政策の深化とインテリジェンスの強化が求められています。

戦後、先進国で唯一、対外情報機関を持たない日本では、情報が首相官邸に適切に伝わらず、関係機関に共有されず、外部に漏洩してきました。安全保障では、軍事力の使用はあくまでも最後の手段です。武力行使に至らないためにも、テロ組織や敵国の動向を探り、テロや戦争を防ぐための“情報”が不可欠になります。

軍備と情報は安全保障の両輪です。軍事力はあるが情報機関がない日本は、いびつな状態が続いてきました。国際紛争の解決手段として武力行使をしない日本が“普通の国”になるには、ウサギの最大の武器である「長い耳」すなわち情報機関、インテリジェンスの充実が重要になってきます。

世界標準を超えた戦前の日本軍のインテリジェンス。日本には、高度な分析力を持った対外インテリジェンス(諜報活動)が必要であり、そのためには本格的な対外情報機関(日本版CIA)や情報を集約し、分析する情報合同委員会(日本版JIC)の創設が不可欠です。

現在日本では、内閣官房の内閣情報調査室・警察庁・外務省・防衛省・公安調査庁などで約4,400人が情報収集・分析を行っており、実はオシント(OSINT=Open Source Intelligence:公開情報の収集・分析)による情報の解読では、米英などとギブアンドテイクできるレベルに達しています。

だからこそ、情報を扱う適格性を評価するセキュリティクリアランス制度や、言論の自由を尊重し、機密漏洩に対する罰則強化を盛り込んだスパイ防止法など、情報保護の環境整備に取り掛かかることが焦眉(しょうび)の急となっているのです。そして、将来的には対外情報機関を創設して、自前のインテリジェンスオフィサーを養成する必要があります。

「日本人はインテリジェンスが苦手だ」と能力を過小評価される傾向がありますが、それは間違いです。戦前の日本軍のインテリジェンスに目を向けてみてください。

反体制派を糾合してロシア革命を扇動する後方攪乱(かくらん)工作で、日露戦争を勝利に導いた明石元二郎を嚆矢(こうし)に、大東亜戦争では陸軍中野学校や陸軍参謀本部第二部第八課(謀略担当)などが、当時世界標準で第一級の対外インテリジェンスを行っていました。

とりわけ、北欧ストックホルムで祖国を追われたバルト三国など、小国の情報士官から「諜報の神様」と慕われ、ソ連が参戦するヤルタ密約情報をポーランドから得た小野寺信(まこと)少将。

▲小野寺信(『至誠の日本インテリジェンス』より)

また、第二次大戦直前、ナチスドイツの迫害から約2万人のユダヤ人を救い、終戦時、第五方面軍司令官として千島列島の占守島や樺太でソ連軍との自衛戦闘を指揮し、ソ連の北海道侵攻を阻止した樋口季一郎中将。

▲樋口李一郎(『至誠の日本インテリジェンス』より)

さらには、「ハリマオ」こと谷豊などによる第五列の諜報活動でシンガポールを陥落させ、インド国民軍を創設してチャンドラ・ボースとともに戦い、インド独立などアジアを植民地支配から解放させたF機関の藤原岩市中佐は、誠実な人間力に富む“至誠のインテリジェンス”で、世界史にその名が刻まれるほどの業績を残しています。