ウクライナが大国ロシアへ抵抗していることは、同じく大国である中国が、台湾侵攻への躊躇と逡巡を生み出している可能性があります。なぜなら、今回のプーチン大統領が命令したロシア軍によるウクライナ侵攻で、中国政府高官が一番ショックだったのは、ロシア政府高官にも制裁が発動されたことだからです。

中国そして中国人の裏のウラまで知り尽くした石平氏と、米国の政治学者エルドリッヂ氏が精魂を込めて語り合った「日本のための防衛論」。この二人だからこそわかる中国と米国の「本音」を聴いてみよう。

▲破壊されたキーウの街 出典:Ivan Vasylyev / PIXTA

日本は「サイバー」と「エネルギー」への対応が必要

エルドリッヂ 今回のウクライナの戦争は、過去最大級の「サイバー戦争」という側面もありますが、日本はまったくの未経験分野です。国籍を問わず、世界のハッカーが反ロシア派と親ロシア派に分かれ、重要インフラに攻撃を仕掛けるなど、サイバー空間でも攻防を繰り広げている。

ウクライナ政府が創設したサイバー部隊「IT軍」には、国際ハッカー集団「アノニマス」も参戦する一方、ロシアに味方するハッカー集団も続々と参戦しています。

中国は20万人以上のハッカー部隊を抱えていると言われ、北朝鮮は国家を挙げてハッキングに明け暮れる“サイバー強国”です。戦争の複雑さが増しているこの状況に、はたして日本は対応できるのでしょうか。

石平 日本の脆弱性といえば、エネルギー・食料問題です。エネルギーの自給率は11.8%、食料自給率(カロリーベース)も37%です。ともに輸入に頼っている日本が、G7に歩調を合わせて「ロシアからの石炭輸入禁止」に同調するのはいいのですが、代替先を確保しているのか、不安です。G7は「ロシアの石油への依存を低減」するとも表明しているので、“石油輸入禁輸”にも踏み込む可能性があります。

▲ガスタンカー 出典:トシチャン / PIXTA

特に問題なのは、液化天然ガス(LNG)の確保です。日本はLNGの世界最大の輸入国なのです。「LNG」は、気体である天然ガスをマイナス62度まで冷却して、体積を600分の1の液体にすることにより、タンクローリーや鉄道での輸送やタンクでの大量貯蔵が可能となります。

消費する際には、再ガス化が必要という特殊な化石燃料であるため、石油と比べて輸出国は限られています。世界全体で輸出シェアが5%を超える国は、オーストラリアを筆頭に、カタール、米国、そしてロシアなど6カ国しかない。

LNGの生産設備は開発に10年、コスト回収に10年かかると言われ、1兆円規模の巨額投資に踏み切る事業者は多くない。

したがって、LNGの代替先争奪戦は激戦です。中国や韓国といったアジア勢だけでなく、ロシアへの制裁国である欧州とも激しい奪い合いになることが予想されます。

欧州にはロシアから供給されるガスの90%以上が、コストの安いパイプラインで輸送されており、EUとロシアの契約が打ち切りとなれば、毎年供給されていた1550億立方メートルのガスの代替先を探さなければなりません。

増産を期待できるのは“シェール革命”のアメリカですが、制裁への協力を要請した以上、欧州が優先されます。日本もアメリカの要請により、余剰分のLNGを欧州に融通しました。

今のところ三菱商事、三井物産など企業が権益を持つ石油・天然ガス事業の「サハリン1」「サハリン2」について、岸田首相は撤退を否定していますが、撤退は時間の問題ではないのか……本当に心配です。

▲ルンスコエ-A(Lun-A)海上プラットフォーム 出典:ウィキメディア・コモンズ

ロシアによるウクライナ侵攻が中国に与えた影響

石平 日本と台湾は、ウクライナに感謝すべきです。ロシアがウクライナに対して何をしているのか。どのような軍事戦術をとり、武器・兵器を使用し、情報戦や宣伝戦を繰り広げているのか。また、その際の国民の生活はどうなるのか。自分たちで国を守るために何をすべきかを、莫大な犠牲を払いながら身をもって教えてくれているからです。

そればかりか、ウクライナの抵抗が、中国の台湾侵攻への躊躇と逡巡を生み出している可能性もあります。なぜなら、ロシアの侵略で中国政府高官が一番ショックだったのは、ロシア政府高官にも制裁が発動されたからです。

中国が台湾進攻に踏み切り、同じような制裁を発動され、海外の財産が凍結されると、幹部らは財産を失う。彼らにとっては“祖国統一”よりも、自分の財産を失うことが痛いのです。財産を守るために、彼らはあらゆる手を使って習近平国家主席が血眼になって成し遂げようとする、“台湾併合戦争”を食い止める動きに出るでしょう。

また、ロシア軍の苦戦で一番の被害を直接加えられているのは、言うまでもなく当の軍人たちです。そのため、人民解放軍の将校たちのあいだでも動揺がみられます。今回の戦争によりロシア軍の腐敗や脆弱さが露呈されましたが、中国軍の腐敗は比較にならないくらいひどい。しかもロシア軍と違い、1979年の中越戦争以来、40年以上も実戦から離れている。

台湾軍にとって、ウクライナ軍の抵抗は軍事作戦の大きな参考になり、中国軍にとっては台湾侵攻のハードルが上がることを意味します。

それが日本と台湾に、体制を整える“最後の貴重な時間”を与えてくれるはずです。

日本はこの時間を無駄にすることなく、核武装も射程に入れて、戦後の悲願である憲法改正を今こそすべきです。「平和を守っているのは憲法九条ではなく、国民による命がけの戦いである」ことを“ウクライナの教訓”とすることです。

エルドリッヂ そのために第一に必要なことは、日本とアメリカが台湾を国家承認することです。そのうえで、日本版の「台湾関係法」を制定し、日米台の連携に加え、クワッド、NATO(北大西洋条約機構)、ASEAN(東南アジア諸国連合)と多国間で、中国・ロシア・北朝鮮への包囲網を構築すべきです。

さらに日本は、米・英・豪三カ国の軍事同盟である「オーカス」への加盟も視野に入れるべきでしょう。また、他の専門家も言っているように、インド太平洋版NATOの結成も日本が主導的立場をとることが重要です。

※本記事は、石平×ロバート・D・エルドリッヂ:著『これはもう第三次世界大戦どうする日本』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。