プールで夢見た売れる未来
夏のある日、若林と春日の二人を誘って杉並区の和田堀区民プールに行った。この区民プールには、よく誰かを誘って行っていたが、ナイスミドルの両方を呼び出して行くのは初めてだった。
もともと俺が若林から声をかけられ、春日にも声をかけた。春日は自分から誘ってはこないが、誘われたらついてくる奴だった。
プールサイドで日焼けをしながら、俺は二人に「ゲームをしよう」と提案した。潜水でどこまで潜れるかの競争を持ちかけたら、二人はあまり乗り気ではなかったようだが、「このプールを潜水横に横断できた奴だけが芸能界で売れるんだよ。知ってたか?」と言って、俺はプールに飛び込んだ。
「なんすかそれ!?」と言う二人を尻目に、俺はプールの端で潜水の準備を始めた。「この区民プールを息継ぎなしで潜水で渡り切ったら売れるんだよ!」。もう一度そう言って、プールの横壁を思いっきり蹴った。
だが、プールはそこそこ混んでいたから、思ったように進むことはできなかった。人をかいくぐっての潜水が思ったよりも、キツくて途中でたまらず顔を出した。
「プハー! ダメだった!」
プールサイドで爆笑してる若林と春日が見える。 「思ったより難しいんだよ! 若林やってみろよ!」 若林も挑戦したが、同じく真ん中くらいで頭を出して失敗する。
「プハー!」と顔を上げた若林を見て、爆笑する俺と春日。だが、次の春日は潜水を始めると、瞬く間に向こうのプールサイドにタッチ。この頃から春日の体力はすごかった。
「スゲー!」
俺と若林は顔を見合わせて驚いた。しかし、春日の成功を喜んでいる場合ではない。“潜水して渡り切ったら売れる”と言い出した手前、春日だけが成功というのはどうにも気分が悪い。
俺は混雑した区民プールを潜水で渡り切るには、タイミングが重要だと思った。交差して縦に泳いでる人が障害物となる。ということは、泳いでる人がいない一瞬のタイミングを見計らうしかない。
「今だ!」
壁をキックして潜水を始める。狙い通り障害物はない。息を少しずつ少しずつこまめに吐く。だが、途中で苦しくなってきた。あと少し、だけどもう無理、という二つの思いが頭で交差する。苦しい。そうだ違うことを考えよう。苦しさから目を逸らしながら再び手をかく。やがて固い壁にタッチしたのがわかった。成功だ。
こうなると若林も後に引けない。半ばムキになっていたとは思うが、彼もまたコツを掴んで渡り切った。
「人ってのは目標があれば頑張れるんだな」と俺が偉そうに言って、みんなで笑ったわずか数年後、オードリーの二人は瞬く間に売れてスーパースターになった。プールで夢見た未来が少しだけ違ったのは、俺だけが売れなかったことだ。そして、この歳まで売れないなんて想像もしなかった。
(構成:キンマサタカ)