今日から明石家さんまさんみたいな接客をする
「ほら。翔吾。挨拶して」
「……」
「こんにちは。13歳ってことは、中1か。今どんなことにハマってるの?」
「……」
「ごめんね。緊張してるんだと思う」
無理もない。たまにフラっと現れるだけの見知らぬ男は、妙な存在以外の何者でもない。この立場になって、ひとりの芸人さんに意識が向き始めた。明石家さんまさんだ。
さんまさんと結婚した大竹しのぶさんには、前の旦那さんとのあいだに息子さんがいた。彼自身が、父である明石家さんまさんのことを尊敬していると言っている。さんまさんが、息子さんの喘息を気功で治したことも関係しているのだろうか? 気功は実際に存在すると本に書いてあった。発祥は中国で、古代から伝わる力のようだ。
この本はスピリチュアル的な内容で、笑いとは程遠いものだと思っていたから、最近は読んでいなかった。さんまさんからは、スピリチュアル的な側面など全く感じとれない。笑いにならないと思って隠し続けていたのだろう。この話は本人ではなく、大竹しのぶさんが語っていた。
ネットで調べたら、他にもいろんなエピソードが出てきた。そのなかでも驚いたのが、街で中学生にオシリを蹴られたときの話。その時の一言がこれ。
「ナイスキック」
反撃をしなかった理由は、ニュースになったら面倒臭いからだと言っていたが、真意は定かではない。なによりも、瞬時にその反応ができるのは普通ではない。それができるのは、普段から何があっても笑いで返そう、という心構えで生きているということだ。
さんまさんを見習うことにしたのは、翔吾との関係だけがキッカケではない。誰と組んでもコンビ別れをしてしまうのは、自分が協調性に欠けている可能性もある。その点、さんまさんは50年近くひとりで活動しているが、逆の印象だ。人気ランキングで長年1位を維持していることが、なによりの証拠だ。僕に向いているのは、明石家さんまさんのような生き方なのかもしれない。
ネットで特徴を調べると、『寝ない』『病気をしない』『常に喋っている』『ファンサービスが神対応』ということがわかった。今の自分にファンはいないが、バイト先のお客さんに対して同じような対応はできる。留学を終え、戻ってきた森田に言った。
「今日から俺は、明石家さんまさんみたいな接客をする」
「どうしたんですか? 急に」
この反応になるのも無理はない。森田にとっては寝耳に水。何も言わずに、突然さんまさんのような接客をしたら、二重人格だと思われてしまう。だから、念のため報告をしておいた。接客を変えるといっても、今までの接客が無愛想だったわけではない。当たり障りのない接客から、明るく元気な接客に変えることを、心に誓ったのだ。数週間後。瞬く間に評判は良くなった。
「お兄さん元気だねぇ」
「店員さん最高」