“女神”マナミとの何度目かのデートで突然明かされたのは、彼女には子どもがいるという事実。この告白で福田健悟は、野口徹郎が言った「誰と付き合うかを考えるべきだ」という言葉を思い出し、マナミとの連絡を絶つ。しかし、彼女の発したある言葉で、福田はある決意を固める。

「私の幸せは私が決める」という言葉に衝撃が走った

「今まで嫌われたくなくて、黙ってたの。ごめん」

田中翔吾。11歳。彼の存在を知ってから、彼女とは距離をとるようになった。隠し事をされていたことがイヤだったわけでも、子どもがいることを負担に感じたわけでもない。借金があって売れていない芸人が、彼女と子どもの人生を背負えないと思ったからだ。

前にも同じようなことがあった。彼氏がいる同級生の女の子を好きになったとき。あのときは結局、お笑いの夢を諦めることができなくて、身を引いた。今ならまだ間に合う。深みにはまる前に、踏みとどまるべきだ。野口徹郎が言っていた「誰と付き合うかを考えるべきだ」という忠告は、彼女とのことを指していたのだ。

この日から、彼女から連絡が来ても、返事をしなくなった。数ヶ月後。ネタを考えることに煮詰まって、散歩がてら外に出た。夜風にあたるも、一向に頭は回らない。そろそろ家に戻ろうと、体を帰路に向けたとき。目の前に彼女がいた。

「あ、久しぶり。何してたの?」

「ちょっと、ネタ作りに煮詰まってさ。マナミちゃんは?」

「私も家で考え事してたんだけど、気分を変えたくなったから、歩こうと思って」

2人の足は自然と同じ方向へ進んだ。お互いの家からは遠ざかっていく。何を話すわけでもなく、ただ歩いた。彼女は沈黙を破るように言った。

「ごめんね」

「え?」

「私のせいで、嫌な気分にさせちゃって……」

「いや違うよ。そうじゃなくて……」

本当のことを言いそうになった。彼女は、自分が隠し事をしたせいで、僕が離れたと思っている。それでいい。今ここで本当のことを言っても、なんの意味もない。そう思っていたのに、次に自分の口から出た言葉には、自分でも驚いた。

「好きだよ」

しまった。何を言っているんだ。こんなこと言うべきじゃない。早く撤回しないと。

「私もだよ」

耳を疑った。

「でも、俺じゃないほうがいいと思う」

「なんで?」

「俺とじゃあ、幸せになれないよ」

うれしかった。彼女が同じ気持ちでいてくれたことだけじゃない。以前の僕は、何も言わずに離れることしかできなかった。今回は自分の想いを伝えることができた。これで思い残すことは何もない。

「私の幸せは、私が決めることだから」

目が覚めるような言葉だった。人を幸せにすることも、不幸せにすることも、自分にはできると思っていた。自分が幸せになるかどうかは、自分次第。それを、彼女は知っているようだった。

「俺と付き合ってくれる?」

「うん」

少しずつ降り出した雨にも気づかず、僕たちは抱き合った。彼女と付き合うようになってから、人生の全てが鮮やかになった。一緒に散歩をしたときに、花を見て綺麗と言ったり、星を見て感動する彼女が好きだった。1人で歩いていても、足元を見たり、空を見上げることが多くなった。一緒にドラマを見て、感動の涙を流したときも、彼女は言ってくれた。

「そういう健ちゃんの人間っぽいところ好きだよ」

自分という存在そのものを、受け入れてもらえた気がした。僕だけじゃなく、コンビのことも応援してくれていた。それだけに、小山がサイドビジネスばかりに熱を上げていることには、納得がいかなかった。