人生の歯車がうまく回りだしたと実感した瞬間、新型コロナウイルスの感染拡大が世界中を襲った。不透明になる先行き、そして打ち砕かれや希望。これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた福田健悟も、今回ばかりは絶望に近い感覚を抱いてしまう。そんなときに届いた吉本興業からの1通のメール。そこから再び人生が大きく動き出す。

僕の隣に座っていたのはM-1で衝撃を受けたあの人!

学生時代にテレビで見ていた人が隣に座っている。声をかけたい。が、僕は同じ事務所の後輩。あの頃とは違う。若いときの僕はM-1グランプリを見て、新しい漫才を披露するスリムクラブさんに衝撃を受けた。本当は握手もしてもらいたいし、サインもしてもらいたい。お笑いオタクの血が騒いでいたが、思いとどまった。

養成所の1年先輩でさえ恐れをなすような存在だったのに、内間さんのような大先輩に、自分から話しかけるべきではない。ミーハー心を抑えて、講習を受けることに集中した。すると30分くらい話を聞いたあとで、先生は言った。

「……というわけです。ここまでを、隣の人と話し合ってください」

なんてことだ。話したいとは思っていたものの、緊張が前にきた。ただのファンのように話しかけるわけではない。今まで聞いた話の意見交換をするのだ。ただでさえ、考えて話さなければいけない内容で、冷静に話すことができるだろうか。ゆっくりと椅子を僕のほうに傾けて、内間さんは言った。

「どうも、内間です。よろしくお願いします」

知ってます。知ってますとも。この心の声は漏らすわけにはいかない。目の前の人が、内間さんであることに気づかない芸人はいない。そのことは、内間さんもわかっているはず。それなのに、丁寧に初対面の挨拶をしてくれた。

しかも、僕が挨拶を返すと、優しく会話をリードしてくれた。どんな本を書くのか。自分のクズ時代のエピソードは? 内間さんの話を聞きたい気持ちが強かったが、内間さんは僕の話を引き出してくれて、質問にも優しく答えてくれた。

「はい、そこまで」

もっともっと、聞きたいことはあった。途中からは、ディスカッションというよりは、インタビュー。授業再開後も浮き足立っていたが、並々ならぬ理性の力を使って、自分をコントロールした。今回のプロジェクトは、僕にとって運命の分かれ道。内間さんに対する意識と同じくらい、講習会に向けるエネルギーは強かった。30分後。

「はい。それでは、再度ディスカッションをしてください」

よし。さっきの話の続きができる。まずはテーマに沿って話し合う。そのあとは、僕から内間さんへのインタビュー。時間が足りない。内間さんからすれば迷惑な話だろうが、朝から晩まで話しても、足りないくらいだ。結局ディスカッションの時間は、合計で3回。貴重な時間だった。3時間に及ぶ講習が終わって、帰り支度をしているときに、内間さんは言った。

「連絡先を交換しない?」 

え? 今、なんて言った? 連絡先の交換? なんでだ? 僕から連絡先を聞いても、断られるのが普通だ。内間さんから聞いてくれるなんて、有り得ない。有り得ないことが、起きている。

「いいんですか!?」

実際は両手を天に挙げて、叫びたいくらいだったが、平静を装ってラインを交換した。席を立って、出口へと向かう。話しながら歩いているときも、夢見心地だった。話の続きを聞くことができて、幸せだった。