タナボタチップを握りしめ・・・
俺はムカつきながらも心を落ち着かせ、「いつも通りやるだけだ」と自分に言い聞かせてなんとかネタを続けた。だが、先ほどよりもさらに空気が悪くなっているのだから、誰も笑ってくれない。早く自分の出番が終わるよう祈った。
するとそのとき、事態が動いた。しつこく俺に絡んでくる奴らが座るテーブルに、これまたイカつい顔をした4人の男たちがやってきた。俺はヤジの加勢に来たのだと思い、さらなる事態の悪化を恐れたが、何かが違った。
「さっきから何をケチつけとんねん、ボケ!」
どうやらその4人は主催者側の人間で、先ほどから俺にいちゃもんをつける2人組に腹を立てていたらしい。
客をもてなそうと主催者が呼んだ芸人を「面白くない」「早く終われ」とヤジるのは、主催者側からしたら、このパーティーが面白くないし早く終われ、と言われてるのと一緒なのだ。
「おら、おまえ!」「なんやこら!」と大声で揉め始めたテーブルを見ないようにしてネタを続けた。だが、周りの客もそちらのテーブルに目が行って、俺のステージなど見ていない。周りからは、あれよあれよという間に人が集まり始めた。ステージの目の前のテーブルには、ミツバチのように男たちが集まり、さらに増えていく。
やがて、「やんのかコラ!」「上等や!」と乱闘が始まってしまった。最初は止めようとしていた者も、やはり血がうずくのか、気がついたら乱闘に参加している。200名ほどの貸し切りパーティーの参加者が、ごっそりと外へ出ていってしまった。
一気に静まり返った会場で、俺はエルヴィス・プレスリーの『監獄ロック』を歌いながら、文字通り「囚人たちの乱闘」になってしまったなと思った。
こんな事態になってしまったが、こちらも仕事だ。持ち時間をやり切るしかない。次の先輩芸人に「なんかすいません」と伝えると「営業って、いろんな現場があるから大丈夫だよ」と言ってくれた。こんなことがよくあるのかと思ったのを覚えている。
先輩たちは、さすがベテランらしく鉄板ネタを引っさげて、残された円卓のテーブにいた主催者の社長さんを笑わせにいった。しばらくすると、客席にみんな戻ってきた。揉めごとがどう収まったかわからないが、最前列でヤジっていた2人の姿はなかった。
波乱だらけの営業が終わった。主催者の社長が芸人の楽屋に来て「いろいろ申し訳ない」と頭を下げ、チップをくれた。俺は頭を上げられなかった。同時に、もし俺が最初に爆笑をとっていたら、このチップはなかったのかな、そんなことを思った。
(構成:キンマサタカ)