メディアの地殻変動が止まらず、紙の週刊誌が5年以内に滅ぶという売上予測もされている。紙の印刷物は、その印刷物が届く範囲でしか影響力がなかったが、誰もがスマホを持つ時代にあって、オンラインニュースは瞬時に世界を駆け巡る。しかし、その圧倒的な効率性と強い影響力をめぐって激しいハレーションも起きていると、元『プレジデント』最年少編集長・小倉健一氏が解説する。
※本記事は、小倉健一:著『週刊誌がなくなる日 -「紙」が消える時代のダマされない情報術-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
「第4の権力」はニュースサイトへ移行した
新聞業界で最大の「読売新聞」が、約30年間に1000万部から700万部へと発行部数を急落させた一方で、台頭したデジタルの申し子・ヤフーニュースは1日あたり5億PV以上をたたき出す。その影響力、波及力は考えるまでもなく、ヤフーニュースの圧倒的な勝利だ。かつて「ペンは剣よりも強し」といわれ、政治家や大企業などの腐敗を厳しく追及してきたマスメディアだが、その代表格は新聞からヤフーニュースに移りつつある。
「先生、ついに『ヤフトピ』ページのトップになりました。コメント欄も3000件を超えて炎上しています。どうしましょう!」
ヤフトピとは、ヤフーニュースのトップページに取り上げられるトピック(話題)のことだ。2006年9月の第1次安倍晋三内閣発足以降、政界は「ネット空間」の影響力を無視することができなくなった。
とりわけ、ヤフーニュースの存在は別格だ。同12月に佐田玄一郎行政改革担当相が辞任するきっかけとなった政治資金問題は、新聞のスクープ記事が発端だが、ネット上には関連する情報があふれ、記事の“威力”が何倍にも増して政治家を直撃するようになったからだ。第1次安倍内閣の辞任ドミノは続き、退陣するまでの1年間に5人が辞任(自殺を含む)している。
以前であれば、不祥事を報じた週刊誌を秘書らが買い占めたため、永田町や霞が関のどこへ行っても買うことができなくなった。しかし、デジタル時代に矛先を向けてくるのは、自前ではほとんど記事を制作していないニュースサイトだ。ネット空間を買い占めることは不可能であり、不祥事が発見すれば姿を隠す政治家が目立つようになった。
新聞やテレビなど大量の情報を人々に流すマスメディアは、影響力の大きさから「第4の権力」といわれるが、今やその象徴的な存在はヤフーニュースといえる。政治家や秘書たちは、ヤフーニュースを見る地元支持者からの叱咤激励に追われる日々だ。
もちろん、数々の特大スクープを放ち、政治家や芸能人らを震撼させてきた『週刊文春』の取材力は脅威だ。夜の街に出向く政治家は、電柱近くに立つ一般人でさえも恐れるようになった。見知らぬ電話番号からの着信が「文春砲ではないか」と警戒されるほど恐れられており、雑誌媒体でありながらネット上で記事や動画を拡散させる手法が奏功したといえる。
内部告発者が、新聞やテレビといった「オールドメディア」ではなく、文春砲に向くのは自然な流れだろう。
ネット記事がSNSで拡散・炎上する恐ろしさ
『週刊文春』の驚異的な取材力に裏打ちされたスクープと、ヤフーニュースの影響力の“威力”を格段に上げているのはSNSの存在だ。ネット記事として掲載されたものは瞬く間に拡散され、どれだけ時間が経とうともネット空間に存在し続ける。
新聞や雑誌であれば紙幅の都合があるが、ネット記事にはそれもない。検索すれば、あっという間にヒットする。過去の記事であってもネット空間に残っている限り、いつでもツイッターなどをきっかけに再炎上することになる。
2022年2月15日、東京地裁は選挙期間中に無免許運転を繰り返したとして、道路交通法違反の罪で在宅起訴されていた木下富美子・前都議会議員に懲役10カ月、執行猶予3年の判決を言い渡した。
木下前都議の無免許事故は2021年夏の都議選期間中に起こしたもので、直後の報道で発覚していたものの、同11月まで4ヵ月半も議員辞職を拒み続けた。都議会の一部会派からは、地方自治法に基づく「懲罰」を求める声もあがったが、体調不良を理由に欠席を続ける場合の処分は難しかったといえる。
だが、事故報道から炎上したSNS上では木下氏への厳しい声が続いた。月額約82万円の議員報酬や約205万円のボーナスという待遇の良さも批判の的になった。新聞や雑誌だけであれば、身を隠しながらほとぼりが冷めるのを待つ、という旧来の方法も成り立つ。
定期的に取り上げる記事が掲載されるにしても、連日のように攻撃されることは紙幅の関係上、ありえないからだ。実際、木下氏は雲隠れをしていると報じられた。
しかし、ネット空間はチェーンのように結ばれ、関連するニュースが回り続ける。時には辛辣なコメントが付され、それが増幅していった。都議会関係者によると、木下氏の周辺は「人々の厳しい声は相当こたえた」という。
4ヵ月ぶりに記者たちの前に姿を現した木下氏は「あってはならないようなことを起こしたことを心より反省し、お詫び申し上げます」と頭を下げたが、その視線は虚ろだった。
では、ヤフーニュースやSNSが隆盛ではなかった時代はどうだったのか。
1997年に詐欺事件で逮捕された友部達夫元参院議員は、なんと4年4ヵ月間も国会に姿を見せることがなかった。新聞やテレビ、雑誌での厳しい追及はあったものの、実刑判決確定まで議員報酬は、合計1億5000万円超も支給されている。
今日でも不祥事が報じられた政治家は、病院に入院したり、雲隠れの道を選んだりすることはある。だが、それらが報じられるとSNS上には批判コメントが殺到し、なかには「○○で見かけたけど、元気そうだった」などと目撃情報が書き込まれることもある。
ちょっと前までは、多くの人々に情報を発信できるのは新聞やテレビ、雑誌など一部の「プロ」に限られていた。しかし、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのソーシャルメディアが広がった今、情報の発信者はそれらの利用者すべてだ。プロ・アマ問わず貴重な情報は一気に拡散され、国境をも越える。
こうした事態は、一部のプロたちによる発信だけでは考えられなかったものだろう。
公権力やマスメディアによる権力への監視は依然としてあるものの、ソーシャルメディアを中心とする「1億総探偵」状態は、デジタル時代ゆえの産物である。個人的に記してきた日記はブログとして一般公開され、撮影した動画や写真なども共有されることが当たり前になった時代。ネット空間の需給バランスによって左右される一つひとつの価値は、アナログ時代とは大きく変化している。