「暴露系情報小説」という興味をそそるキャッチフレーズで話題を集めているのが、川嶋芳生による小説『FOX 海上保安庁情報調査室』(徳間書店:刊)。現役のTVプロデューサーである川嶋氏が、自身が仕事をするうえで知り合った海上保安庁の元日本人スパイから聞いた話をベースに作り上げた、ほぼノンフィクションに近いエンターテインメント小説だ。

著者の川嶋氏に顔出しNGを条件に、小説を書くことになったキッカケから、知られざる日本人スパイの素顔、昨今の世界情勢、そしてこの小説から感じ取ってほしいことまで多岐にわたって伺った。

▲川嶋氏は柔和な受け答えのなかに、しっかりとした知性を漂わせた人だった

伝えられなかった事実をエンタメとして紹介したかった

――現在も現役のTVプロデューサーである川嶋さんが、『FOX 海上保安庁情報調査室』を上梓することになったキッカケについてまずお伺いしたいのですが。

川嶋 自分が記者だった時代に、この本に出てくるような、いわゆる日本におけるスパイをされている方と知り合ったんです。その方が非常にユニークで、話も面白いのでずっと興味は抱いていたんです。やはり国家公務員なので、持っている情報を開示してはいけないという仕組みになっていますので、その方が退官されまして、そこがクリアになり次第、一緒に出せたらと話していて、出版に至った感じです。

――なるほど。リリースに暴露系情報小説という文言があり、すごく刺激的で、こんなにも上手に小説の魅力を伝えている言葉はないなと思いました。

川嶋 ありがとうございます。その言葉は担当編集者のアイデアなので感謝です(笑)。暴露系情報小説という言葉にもつながるんですが、ニュースの記事、週刊誌もそうなんですが、裏取りというのが必要な時代で、100%確固たるものがないと書けないんですね。そこで、調査した結果が全て明らかになったものでも取り上げられなかったものもあり、題材として面白いものがたくさんあったので、それをエンターテイメントとして皆さんに紹介できたら、というのが大きな動機ですね。

――今回読ませていただいて、裏取りがうまくできなかったり、時間が経ってしまったり、いろいろなしがらみがあったせいで、明らかにならないまま埋もれていくものって、たくさんあるんだろうなって感じました。

川嶋 そうですね。読んだ方に“そういうことがある”ということが、少しでも伝わっているとうれしいです。

スパイ活動にかかる経費は落ちない!?

――これを読んで気になるのは、日本におけるスパイって、どんな方がやっているんだろう、どういう給料制なんだろう、とか。そういう普通のことが知りたくなってしまいました。

川嶋 わかります、気になりますよね。私がお会いしたのは、海上保安庁の情報操作室という実際にある組織なんですけど、海上保安庁の組織図では大っぴらに公開している組織ではありません。給与に関しては、海上保安官の方々と同じ給与ですね。俗に“海猿”と言われる、特殊任務をされる方々のほうが、給料としては幾分か高いかと思います。

――えーっ、そうなんですね! なんとなく世知辛く感じてしまいます。

川嶋 さらに、諜報活動でお金がかかったりするんですが、ほとんど自腹と聞きます。例えばCIAやFBIから呼び出しがかかって、行かざるを得ないときのタクシー代とか、携帯電話もいくつか持っていないと情報収集ができない。でも、これも全て自腹らしいですね。

――それはもう……かなり同情しますね。そういう方が日本を危機から救っている、と言っても過言ではないのに……。

川嶋 ですので、海上保安庁の情報調査室といえども、何にどう使ったか、そこをきちんと説明できないと経費としては認められない。これは一般企業に務める会社員の方と変わらないですね。

――現在は働き方改革などが叫ばれている時代ですが、情報調査室はそういう風潮とは間逆なイメージがあります。

川嶋 私自身もTV局で働く立場として、その風潮を肌で感じることが多いんですが、やはりスパイという仕事は、対面で情報収集するのが基本なので。呼ばれたり呼んだりするのも昼夜を問わない。いちばん前時代的な仕事をしているかもしれません(笑)。

――リモートとは、かなり遠い仕事なのかもしれませんね。

川嶋 そこで考えると、我々もリモート会議とかだと、どなたが自分の意見に賛成していて、どんな空気をまとっているのか、建前上の話に終始してしまって、対面じゃないとわからない部分も多いですよね。あと、会議の前後にする雑談のなかに、種になる話や重要な話が紛れている可能性もあるな、というのは感じました。

――この本を読んでいてリアリティがあると思ったのが、登場人物がきちんと家族構成まで描かれているところです。やはり仕事が仕事なので、家族に対しても守秘義務があるものなのでしょうか?

川嶋 そうですね。「あんたどこに行くのよ!」と奥さんに言われたりとか、子どもに泣かれたりとか……。行事などには参加できないことが多いそうですし、残念なことに離婚されてしまう方も多いと聞いています。

――ツラい……。川嶋さんがそこで働く方にお話を伺っていくうえで、それでも情報調査室で仕事をする理由、やりがいというのはどこにあると感じましたか?

川嶋 新聞記者の方々もそうだと思うんですが、世の中にまだ知られていない情報を先にキャッチする醍醐味はあるでしょうね。あとは国のためにやっている、自分たちの仕事が日本の安全保障の一端を担っているのがやり甲斐であると、その方はおっしゃってました。

――ちなみに、川嶋さんがお話を聞いている方は、作中に出てくる山下に近い感じなんですか?

川嶋 そうですね。筋骨隆々で、マーシャルアーツの心得もある。電車に乗っていてもずっとつま先立ちで立って、鍛えているようなストイックな方です(笑)。