自らのフリーター経験をもとに、多数の著作を発表し、ロスジェネ論壇に関わった杉田俊介は現代社会の男性に対し、救いのない、惨めで、ひたすらつらく、光の当たらない人生。そんな人生でも、幸福に生きていく、というモデルケースが現在には少ないのではないか?、と警鐘を鳴らす。
女性に相手にされずカップルを羨むあまり憎み、時には暴力的な行動に走る危険性を孕んだインセル(非モテ)の男性たち。インセルに限らず、自らの尊厳を傷つけられた人々が、自分を大切にしてくれない社会へ牙を剥くといった行動が社会的な問題になっている現代。
その暴走を止めるためにも、我々一人一人が、インセルやその他正当な評価を受けていない人々の心の闇を解き明かす必要があります。
※本記事は、杉田俊介:著『男がつらい! - 資本主義社会の「弱者男性」論 -』(ワニブックスPLUS新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。
インセル(非モテ)とは何ものか
近年、非モテ(Incel)の存在が注目されている。インセルたちの反逆や暴力という現象が国際的な社会問題になってきたからだ。
IncelとはInvoluntary Celibateの略語である。すでに一度述べたように、望まない禁欲者、非自発的な独身者、というような意味だ。もともとはカナダの女性がウェブ上で用いた言葉で、当初は女性嫌悪やアンチ・フェミニズムなどの意味合いは含まれていなかったという。
しかしやがて、非モテを自覚あるいは自称する当事者男性たちが、匿名掲示板などでインセルという言葉を積極的に用いるようになった。彼らの言動は、女性憎悪、暴力肯定、人種差別などと深く結びついてきた。
ひとまず重要なのは、インセルたちは必ずしも経済的な貧困層に属しているわけではないし、あるいは政治的マイノリティであるとも限らない、ということだ。インセルを語る上では、彼らの独特な孤独感、尊厳の傷つきや剥奪感がポイントとなる。
ちなみに拙著『非モテの品格――男にとって「弱さ」とは何か』はまさにタイトル通り、インセルにとって尊厳とは何か、という問題を自分事として試行錯誤するものだった。
インセルのカリスマ的存在とされるのが、エリオット・ロジャーである。2014年5月23日、米国カリフォルニア州アイラビスタで起きた銃乱射事件の犯人だ。
ロジャーはYouTubeに犯行予告動画を投稿、犯行声明文(自伝)を家族や知人、療法士に送信したあと、事件を起こし、6人を殺害、13人を負傷させ、直後に自殺した。享年22歳だった。
ロジャーはその長大な声明文において、白人のブロンド女性と交際したいのに相手にされない、女性たちがヒスパニックや黒人の男性と付き合っているのが許せない、などと主張した。
またアレク・ミナシアン(犯行当時25歳)は、2018年4月23日、カナダのトロントで、車を暴走させ次々と歩行者をはねた。10人が死亡、15人が負傷した。
ミナシアンは犯行直前のフェイスブックへの投稿で、エリオット・ロジャーを称賛・崇拝し、インターネットの女性蔑視グループにこう言及している──
「インセルの謀反はすでに始まっている! 全てのチャド【モテる男性のこと】とステイシー【モテる女性のこと】を倒してやる! 最高の紳士エリオット・ロジャー万歳!」「インセルの反逆はもう始まった。チャドとステイシーの支配を打倒せよ! 偉大なるエリオット・ロジャー万歳!」。
インセルたちのジャーゴン(仲間うちだけで通じる特殊用語)の一つに、ブラックピル(黒い錠剤)を飲む、というものがある。自分がインセルであると覚醒する、という意味である。由来は、アンチ・フェミニズム的な人々が用いた「レッドピルを飲む」という言葉にある。
これは映画『マトリックス』で、主人公のネオ(キアヌ・リーヴス)が青いピルと赤いピルのどちらを飲むか、と反乱軍のリーダー、モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)から選択を迫られるシーンに関係する。青いピルを飲むなら、ネオはもとの冴えない日常に戻らねばならない。一方で赤いピルを飲むと、この世界は機械と人工知能によって支配された仮想的な世界にすぎなかった、という「真実」に覚醒する。
映画の中の暴かれた「真実」の世界においては、人々は機械に繋がれ、家畜や栽培植物のように電気エネルギーをしぼり取られ、偽物の現実の夢を強制的に見させられている。
つまりインセルたちは、男女平等なんて夢=理想はフェイク(偽物)であり、男性たちが強いられた非モテという過酷な現実こそが「真実」である、男たちはブラックピルを飲んでその「真実」に目覚めねばならない、と呼びかけたのである。