日本は今や労働者の半分が非正規雇用者。安い賃金で働いているのに重い責任の伴う仕事を任されて不満を感じている人もいるだろう。一方イギリスのIT業界では、契約社員の賃金の方が高いためあえて正社員として働かない人々が多いのだという。日本が抱える正規雇用と非正規雇用の待遇差問題は、経済の停滞を招くと元国連職員の谷本真由美氏は警鐘を鳴らします。

※本記事は、谷本真由美:著『バカ格差』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

派遣と正社員のバカ格差

日本が長らく停滞している問題のひとつとして「派遣社員と正社員のバカ格差」があります。

現在日本の労働者の半分近くが非正規雇用です。非正規雇用の労働者の中には派遣社員の人もいればアルバイトやパートの人もいます。

非正規雇用は他の先進国でも増加しているのですが、日本の場合は正規雇用と非正規雇用の間にかなり大きな賃金格差があることが大問題です。このような格差は日本経済の停滞を引っ張っていると言って間違いありません。

一番の問題は、そもそも非正規雇用というのは正社員ではできない仕事をする助っ人としての役割だったのでありますが、日本の場合は雇用の調整弁として企業が人件費を節約する手段になってしまっていることです。

▲非正規雇用はただの人件費削減の手段になってしまっている イメージ:Graphs / PIXTA

非正規雇用には二種類ある

そもそも日本以外の先進国の場合は、非正規雇用には大きく分けて二種類あります。

ひとつ目は特殊専門家として企業や大学などでプロジェクト単位で仕事をする必殺仕事人のような専門家のこと。

ふたつ目は日本のアルバイトやパートの人と同じように、時間単位で就労する人のことで、サービス業や単純作業といった比較的付加価値の低い仕事をこなします。

ひとつ目の「専門的な技術や知識を持った非正規雇用」というのは、日本ではあまりなじみがないかもしれません。

こういう人たちは技能を持った人が不足している組織にやってきて、数週間から数ヶ月単位で仕事をしていきます。こういった特殊技能のある人たちの人件費は最初からかなり高いのですが、組織のマンパワーの穴を埋める形で必要不可欠なので、企業や大学は追加の賃金を払うことが当たり前になっています。

非正規雇用のほうが稼げる! イギリスのIT業界

例えばその筆頭がIT業界です。

イギリスの場合を見てみましょう。

IT業界では「IT Jobs Watch」というサイトが有名なのですが、このサイトを見ると、職種別の需給状況や報酬、人気のあるスキルなどがわかります。

一般公開されている求人の内容や、わかる限りでの報酬を拾ってまとめたものです。非公開求人や、個人事業主と企業が直接契約を結んでいる場合の報酬まですべてわかるわけではありませんが、大まかなトレンドの把握には役に立ちます。

まず職種として最も人気があるのは開発者です。正社員の場合、報酬中間値は45000ポンド(675万円程度)で、総求人に対する割合は30%程度。ここ3年で変化はありません。

正社員ではなく、コンストラクタ(契約社員)、要するに非正規雇用として働くのも一般的なのですが、その場合は日給の中間値が450ポンド(6万7500円程度)で、ここ数年は年に10%程度増加しています。契約の場合、月に22日働くとすると月収は約149万円、年に11ヶ月働くとすると年収1640万円程度です。

個人事業主の場合、イギリスの確定申告でも個人年金、保険、交通費、食費、勉強会の費用、書籍代などを経費として申請することが可能なので、サラリーマンよりも税金が得になります。

契約の賃金上昇が何を表すかというと、開発者は恒常的に人が足りず、IT業種も好況だということです。景気が良いとIT系職種の人は正社員ではなく契約で働く割合が増えますので(そのほうが儲かるため)業界にとって良い傾向なのです。

なお私の現場的な感覚からすると、このサイトの情報はあくまで公開情報を扱ったもので、イギリス全土の中間値を元にしているので、ロンドンの特定業界では実際の報酬はもっと高めになります。

人材が不足しているプラットフォームや言語の場合、報酬は開発者側の言い値に応じるようなケースもあります。

正社員は、建前上は雇用期限がない分、契約よりも報酬が安いのが当たり前で、あえて契約社員を選択して働く人が大勢います。

契約の場合は雇用が1年や半年ごとですが、仕事の供給は大量にあるので、さまざまな会社を渡り歩くことを心配する人はあまりいません。個人事業主の人もいますし、親方一人の会社としている人、人材派遣会社経由の人と、その形態はさまざまです。会社と直接契約を結んでいる人も珍しくありません。

人材派遣会社経由の場合、日本と違うのは中抜きがかなり少ないことです。あまりひどいことをすると人材を確保できなくなるので、派遣会社もその辺は心得ています。

このように、イギリスのような先進国では非正規雇用の人であってもその報酬はその時々の需要と供給で変わってきます。

これはどういうことかと言うと、市場がまともに機能しているということです。

需要が高ければ賃金が上がり、低ければ下がるのです。情報通信産業の市場が活性化しており、人材が不足しているアメリカの場合はイギリスよりもさらに報酬が上がります。

▲欧米のIT業界は非正規の方が賃金がいい イメージ:asaya / PIXTA