ウンナンさんが30年前に見つけた芸人の真実
このまま帰ったら1週間は寝れなくなるだろうな……その恐怖が足元からハタハタと這ってくる。そうなるともうダメだ。脳みそから変な物質が出る。
「ウケるとかスベるとかじゃない。とりあえずバット振らなきゃ!」
決して良い精神状態ではない。なぜなら、目的が「ウケたい」から「私もいます」に変わるからだ。
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「私もいます」は、もうウケるスベるの問題ではないからスベッても大丈夫。
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もはやスベるべきなんじゃないか?
という変な階段を駆け足で上ることになる。階段を上がってるつもりだったのに、いつの間にか地下にいたような気分である。
落ち着け。落ち着け。ここで深呼吸。
当然「ウケる」ことが目的だ。そこは忘れてはいけない。その土壌を作る為に、一回血を流そう。正義の為に犯罪を犯すんだ。
やらねばならぬ。やるならやらねば。ああ、ウンナンさんは昔から非・吉本芸人の真髄を突いていたのか。さてと。
次の瞬間、私は無理やり前へ出る。
声の音量、久しぶりに声を出すから痰も絡んでいる、無理なカットインにより現場に走る緊張、怪訝な顔のディレクター……その結果、百戦錬磨の吉本芸人を困らせる空気になる。
よし。めちゃくちゃ大けがだ。大丈夫、予想通りだ。うん、血だらけだ。止血は後回しにして、ここから巻き返すかな。だが、無情にもここでタイムオーバー。
「お疲れさまでした〜」
スタッフの声が遠くで聞こえる。視界が極端に狭い。呼吸も浅い。このとき、誰にも見せないようにシステマの呼吸をする。うん、痛くない。
次第に慣れる痛みと、歪んだ視界の中で、とりあえずバットを振った自分を褒める。うん。最悪は免れた。
「今夜くらいは反省会が必要だけど、1週間寝れないほどではないな」
楽屋で吉本の先輩が「あれなんやねん! 誰も笑ってなかったやん!」とイジってくれ「なんで助けてくれなかったんですか!」と返して、やっと視界が広がる。
スベることは仕方ない。そして、次こそは巻き返す。飽和状態の芸人の世界で、そういう闘い方もあるんじゃないかなという話である。
(構成:キンマサタカ)