NHK大河ドラマ『どうする家康』(松本潤主演)が1月8日から始まる。
あまり知名度が高いとは言えない北条義時を主人公にし、これでもかこれでもかと冷酷な殺人を描き続けながら、素晴らしいエンターテインメントに仕立て上げた『鎌倉殿の13人』のあとである。大河ドラマに頻繁に登場する徳川家康を主人公にするのは、さぞやりにくいだろう。
まして、北条義時については、それほど多くの記録があるわけでないので、史実を無視して面白くしても、「嘘つけ」とストレートに言われないが、徳川家康のことはみんなよく知っているし、こだわりもあるわけで、批判もされやすい。
そんななかで、ワニブックスのPLUS濱田浩一郎氏の『家康クライシスー天下人の危機回避術』は、専門家のあいだでの最新時点での通説をまんべんなく知って、尖った自説に固執する人をなだめるとか、家族や同僚に「最新の通説ではこうなんだよね」と解説するのに便利な本だ。
濱田氏のバランスが取れていることを評価したい
このごろの歴史研究者は、尖ったことを言いたがる人が多すぎる。とくに若い歴史家にそれが顕著だ。新説を唱えて、それが学会で認められ世論にも受け入れられてこそ、業績になるから当然だ。
だから、新しい考古学的発見をしたり、あるいは旧家から文書を見つけたとなると、さも大発見のようにマスコミに流され、それまで通説と言われていたものが簡単に覆されるが、通説が頻繁に変わることなど他の学問ではあまりない。
ちょっとした発見で変わるようなら、最初からあまり断定的に言わないでほしいと思うし、用語などが簡単に変えられるのも、それが業績になるかもしれないが、一般人は迷惑だ。
そういう風潮のなかで、濱田氏の解説は、1983年生まれという若さにもかかわらず、バランスが取れていることを評価したい。
たとえば、家康が嫡男の信康に切腹を命じ、正妻の築山殿を斬殺させた事件についても、まず、過去に通説とされていた、大久保久左衛門の『三河物語』での無実の信康を、信長の命令で泣く泣く犠牲にしたという分析に対して、近年は家康と信康に対立があり、家康が信康正室の実父である信長の了解を得て、信康に切腹を命じたのだろうとし、さらに築山殿が武田に通じ、それを信康も承知していたのかもしれないと推測している。
あまり諸説を知らない一般読者を相手に、良心的で丁寧な解説の仕方だと思うし説得力が高い。
濱田氏は、さまざまな出来事の原因を一つにしぼったり、世論とか雰囲気に求めたりするのは好きでなさそうだ。合戦に至り勝負を決するまで、誰がどのように動いたかを事細かに描き出し、どう勝負がついていったかという組み立てが多く、歴史は偶然の積み重ねというよりは、何ごとも起きるべくして起きたように思えてくる。
だから、本能寺の変についても、あまり特定の理由が決定的なものとなったとせずに、「光秀の謀反の真因を一つに絞りたがる“癖”が世上にあるように思うが、人間というものは一つの動機だけで行動するものでもない。野望説や四国説の混合など、柔軟性をもって、動機に迫ることも必要なのではないだろうか」としているのは、 濱田氏の考え方を象徴しており、筆者が批判しているような傾向へのもっともなアンチテーゼとして好感が持てる。
八幡説では家庭崩壊が豊臣家滅亡の原因
一方で、政治や外交の実務を経験してきた私のような実務家の体験からすれば、世の中は、意外に馬鹿げた空気や、そのときの気まぐれ、家族の思惑など合理的でない理由で動くものだと思う。
また、現代の政治家にせよ、戦国武将にせよ、そういうものを創り出したり、利用しようと策謀をめぐらすのだが、そういうことは濱田氏はあまり好きでないように見受けられる。
その反映か、女性や子どもたちの話は、信康事件を除いてあまり出てこない。『どうする家康』では、築山殿(瀬名・有村架純)が恋女房として描かれ、於大の方(松嶋菜々子)との厳しい嫁姑対決。このへんは私もいい視点だと思うが、お市の方(北川景子)まで憧れの人として登場するらしいから、もちろん歴史書とドラマの違いだが、濱田氏のは普通の歴史書と比べても顕著だ。
私は豊臣秀吉の正室・北政所寧々が『私の履歴書』を書いたらどうなるか、という視点で『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス)という本を昨年(2022年)に出して、秀吉の母である大政所なかの死による豊臣家の家庭崩壊が、豊臣が滅亡した原因だという視点を提示した。
また、家康についても、女性たちに裏切られ続けたツラい歴史が、彼の用心深く、大坂の陣の経緯に見られるように、女性の動きを封じることに全力をあげる行動や、女性を政治から遠ざけた江戸幕藩体制を作り上げたことの裏を読み解く鍵だ、といったことも書いているのだが、その対極の見方なのかもしれない。
いずれにせよ、新書版だが384ページ、非常に情報量も多く、普通の新書二冊分くらいの質量ともに濃い内容で、コスパも良い名著である。