アルゼンチンの優勝で幕を閉じた2022カタールW杯。アルゼンチン代表のメッシが、サッカー史上初であろう世界の主要タイトルを全て獲得した男になりました。

「メッシorマラドーナ論争」をすれば、必ず「メッシはW杯を獲ってない」という一点でマラドーナ派がくるのに対し、我々メッシしか見てきてない世代は「とはいえ、メッシのがすごいだろ!」と苦虫を噛み潰しながら思ってきましたが、カタールに押し寄せた(その瞬間を見たかったであろう)アルゼンチンサポーターの前で、ついに名実ともにメッシがマラドーナを超えたのです。

今回、そんなメッシに関しては割愛して『マラドーナになれなかった男』について書いていきます。

マラドーナ2世と(僕に)呼ばれたロレンツォ・インシーニェ

皆さんの頭の中にも多くの『マラドーナ2世』と呼ばれた選手が浮かんでいると思います。オルテガ、アイマール、リケルメ……などなど。

ですが、今回紹介するのはアルゼンチン人ではなくイタリア人。僕が大好きなファンタジスタ『ロレンツォ・インシーニェ』です。

僕はこのインシーニェが育ったクラブ、ナポリが好きで追いかけてきました。

SSCナポリ。イタリア南部の町、ナポリに本拠地を置くチームです。歴史的な面から振り返ると、昔のイタリアは南北で経済格差が大きく、北部の地域から差別的な扱いを受けることもあったナポリ市民。そんな街の娯楽がSSCナポリだったわけですが、そのサッカーでも北部のユベントスやローマ、ACミランやインテルには勝てない。

そんな貧しい街に現れたのが当時23歳のマラドーナでした。

すでに世界的スター選手だったマラドーナは、派手な私生活の影響もあってバルセロナ(スペイン)を退団。そこに無理して大金をはたき、ナポリが獲得しました。(結局、マラドーナの活躍でチケットが売れまくって黒字になったらしいけど)

それまで決して強豪とはいえなかったチームは、マラドーナらの活躍で86-87、89-90シーズンにリーグ優勝を経験しました。

北部の強豪チームを軒並み倒しての優勝は、ナポリサポーターにはこのうえなく痛快で、今でもマラドーナは『ナポリの王』として愛され、街には彼の壁画があふれ、背番号10は永久欠番になっています。

1990年のイタリアW杯では、イタリア中がひとつになって自国の代表を応援する一方で、前回大会優勝のアルゼンチンとそのエースのマラドーナは、どこの会場でも激しいブーイングを浴びたそう。

そして準決勝。イタリア対アルゼンチンは、なんの因果かナポリで開催されました。イタリア中がひとつになっているなか、ナポリの人たちだけはブーイングを拒否。それどころかマラドーナコールをしたのです。

それほどまでに愛されたマラドーナ。

しかし、そんな伝説の10番がいた黄金期以来、30年以上優勝はありません。それどころか97-98シーズンに2部に降格し、そこから暗黒期へ。2004年には3部へと降格……と漫画のプロローグような転落劇。

さて、僕がインシーニェという選手と出会うのは、そこからさらに数年後。07-08シーズンについにセリエA復帰を果たしたナポリ。そして15-16シーズン、ついに僕がナポリと出会います。

当時、チームのエースはイグアイン(元アルゼンチン代表)。この年、35試合で36ゴールという脅威的な記録を叩き出します。しかし、そこは中堅クラブの宿命。ド派手に活躍した選手はビッグクラブに引き抜かれてしまいます。