M-1のカメラに密着されて・・・
いても立ってもいられなくなった俺は、M-1決勝前にぺこぱの二人を新宿の居酒屋に呼び出した。初めての決勝なので、二人とも浮ついてるかもしれない。だが、人生で初めて体験する興奮状態のまま本番に臨んで、俺と同じ失敗をさせたくない。そして、少しでも不安があるならそれを取り除いて、精神的に楽にさせてやりたかった。
M-1グランプリの順番はくじ引きだ。当日まで何番目にネタをするのかわからない。
「トップはイヤだなぁと思うな。『トップ来い、来い!』と思って待つんだ」
「トップになったら『ヨッシャー!』と思え」
「他の芸人に対してマイナスな感情を持つな」
「他の芸人ウケろ。俺たちはもっとウケるぞと思え」
「爪痕なんて考えるな。絶対に優勝すると思え」
ぺこぱの二人に伝えたのは、全部俺が決勝当日にできなかったことだ。二人とも食い入るように俺の話を聞いているのがわかった。そして心の中でつぶやいた。お前らなら結果は自ずとついてくるはずだと。
かわいい後輩に対して、俺にできることは全てやった。同時に俺の心にずっとあった重しが、ようやく取れた気がした。
家に帰ると二人からメールがきていた。
「当日かましてくるんで見ててください!」
決勝が終わった。最終決戦まで進んだぺこぱは3位という立派な成績をおさめた。俺はテレビの前で何度も手を叩いて笑った。
その日の深夜0時。居酒屋に集まったのはサンミュージックと元オスカーの芸人たち。ぺこぱの活躍をお祝いするために、みんなが集まって乾杯が始まる。深夜1時が回る。これから来るのは難しいかなぁと思ったときに、松井からLINEがくる。
「今から向かいます!」
テレビの中で暴れ回って日本中を大爆笑させた二人が密着カメラと一緒に入って来ると、みんな割れんばかりの歓声や拍手。
松井がまっすぐ力強い足取りで俺のところへ向かってくる。
「TAIGAさんやりましたー!」
抱きついてくる松井とハグしていたら涙が止まらなくなった。
「おめでとう、面白かったぞ!」
シュウペイともハグをする。
「せりあがりのシュウペイの表情見たときに、これはイケると思ったんだ」
「実は全然緊張してなくて、カメラをポーっと見つめたんです」
そこから、ぺこぱは他の芸人たちにもみくちゃにされ、カメラがその様子を必死に撮影する。俺はその様子を少し離れて眺めがら酒を飲む。売れたら安い居酒屋なんかにもう付き合わなくていい。もっともっと売れてる先輩にかわいがってもらえ。俺のとこなんか戻ってくるなよ。俺もいつかそこに行くから。
(構成:キンマサタカ)