こんな幸せな人生はない
嫁と子供は大事をとって、しばらく実家で暮らすことになった。産後直後の移動はキツいし、病院の定期検診もある。うちよりも実家のほうがもちろん広いし、俺が仕事でいないあいだも、お父さん、お母さんのサポートがあるからとても助かる。
俺は一足早く東京の自宅へ戻り、相変わらずのライブ、ショーパブ、バイトの日々。前と同じような毎日が戻ってきた。独身時代はショーパブに行くのが、とにかく憂鬱だった。
「は~今日もまたショーパブか」……その頃の俺は、あんなにも憧れて入った世界なのに、気がついたら仕事に慣れてしまって、グチまでこぼすようになっていた。きっとサラリーマンのままだったとしても、同じようことを言ってたんだろう。
だが、結婚して、子供が生まれてから俺は変わった。ずっと信じてくれている嫁のため、生まれてきた子供のため、仕事だって、アルバイトだって全然イヤじゃなくなっていた。
ツラかったことも、愛する人のためだと思えば何もツラくなかった。もっともっと仕事をくれ、心からそう思っていた。妻が送ってくれた我が子の動画や画像を見ては目を細めて画像を保存していたら、スマホの容量がすぐにいっぱいになってしまった。
1カ月が経った。レンタカーを借りて、二人を迎えに行く。当たり前だが子供はやっぱり小さいままだった。嫁と息子を後部座席に乗せて、若い頃は改造車を乗りまわしていたのが嘘だと思えるくらいの安全運転で帰路に着く。
翌日から家族3人の生活が始まったが、俺はついに気がついてしまった。まったく売れてない芸人の俺が言うのもあれだが、幸せというのは売れるとかそういうことじゃなかったんだと。
芸人よりバイトの収入が多くても、ショーパブで酔客にバカにされても、好きな仕事ができて、帰ってきたら愛する嫁と子供が待っていれば、こんな幸せな人生はない。
子供はよく泣いた。赤ん坊は泣くとは聞いていたが、朝から晩まで泣いている。泣いたら疲れて眠る。泣いてても眠ってても、かわいくてかわいくて、でも話しかけたら泣かれて、抱き上げたら泣き止んで、そんな試行錯誤を繰り返す。
仕事から夜遅く帰ってきたとき、泣き止まなくて、やっと抱っこで寝たと思ったのに、布団に置いたらまた泣き出して、イライラすることもあった。だが、翌朝の無邪気な笑顔を見たら、そんなことはすべて忘れてしまう。
お風呂に入れるのも楽しい、ミルクあげるのも楽しい。
家族で出かけるのも楽しかったが、大きな声ですぐ泣くし、おむつ交換もあるので、店探しが困ることを知った。俺が食べてるあいだは嫁が抱っこであやす、次に嫁が食べてるときは俺が抱っこしてあやす、といったチームプレーも磨かれていった。外食をしても、まともに料理の味を楽しむ時間はなかったが、とにかくファミレスの便利さがありがたかった。