救援物資は最初にプッシュ式で次にプル式

第二に、安倍元総理が災害支援のやり方について、プッシュ式〔災害地や自治体からの要請を待たずに必要不可欠と思われる物資を緊急輸送する支援法〕とプル式〔被災地や自治体の要望に応じて物資を送る支援法〕を時期によって分けるよう、しっかり明言されたことです。

阪神淡路の震災時には、そういった考え方がまったくなかったので、たとえばマスコミが「赤ちゃんのおむつがない」「ミルクがない」との声を報道すると、全国の優しい人たちがそれらを一斉に送ってくれるという状態になりました。

お気持ちは大変ありがたいのですが、荷物を仕分けする余裕も能力もないところに送ってこられたり、お母さん方が大学生の息子に送るような、缶詰や下着などを一つの箱に同梱された荷物ですと、いったん全部取り出して仕分けしなくてはならないため、現場の隊力がそちらにとられるなどして大変混乱したんです。

プッシュ式を下手にやると倉庫は物資で満杯になるし、避難所も使えなくなってしまうという事態があちこちで起きてしまいます。

▲海上自衛隊の護衛艦ひゅうがで救援物資の積み込みの様子 写真:MC3 Gabriel B. Kotico/U.S. Navy / Wikimedia Commons

熊本地震では、安倍元総理は最初の2日半をプッシュ式にしました。これは理にかなっています。震災直後は自治体も状況を把握できていないし、現場も何がどれぐらいの量必要なのかというのもわからない時期ですから。

熊本地震は局地的とはいえ、インフラがかなりやられていたので、そうした避難している方々に対して、必要な支援物資を予測した場所に予測した量を提供したのがプッシュ式でした。

20万人近くが避難されていました。20万人だと一人3食で一日60万食が必要となります。ものすごい量になるのと初日から必要になったのとで、最初は西部方面隊が備蓄している食料や、海空自に頼んで備蓄している食料を払い出してもらいました。

それは当然、上司の許可を得たうえでの対応でした。それら備蓄食料の配分後に、追加食料が間に合うように中央で調達をして、食料をプッシュ式で一気に熊本の被災地域近郊まで送り込んでいただきました。

安倍元総理は、2日半ほどしたら今度はプル式に切り替えました。プッシュ式をやり続けていると阪神淡路大震災のときのような状態になりかねないので、途中から中央で行う食料調達のプッシュ式契約を止めて、自治体が把握した避難所ごとの必要物資を要求に応じて補給する形にしたのです。おかげで倉庫や避難所が救援物資であふれかえることなく、非常にスムーズにいったと感じました。

桜林 段階に応じてやり方を変えていく柔軟性ということですね。

小川(陸) はい。そういう形できちんと統制していただけたので、みんなの頭の中も「最初はプッシュ式で、次にプル式だな」と一致させることができました。

桜林 やはり、リーダーのマネジメントって大きいということですね。

小川(陸) 現場はあくまでリーダーの方針に従って対応しますから。ただ、困ったのはマスコミの報道内容です。

取材に来るマスコミの方々はプル式のことが頭になくて、被災自治体がまだボランティアを受け入れないとしていたところ、避難所を避けて個人的に駐車場に避難されている被災者にインタビューして「食料が届いていません」「避難所の食料配給所にはボランティアが未だ来ていません」などと報じていたので、現地自治体の統制事項とのズレが生じました。

私も「ちゃんと状況を確認してからコメントしてほしい」とマスコミの人に何度かお願いしたのを覚えています。

その際、安倍元総理が出したプッシュ式・プル式の方針が存在していたので、私もそれにもとづいて、マスコミに対しては「今はプル式だから、その方針を考慮した報道をしてください」、被災者には「今はプル式だから避難物資が受け取れる自治体指定の避難所に集まってください」と伝えることができました。

この2つの統制において、私は安倍元総理のリーダーシップを強く感じました。現場にいた身としては、今までにないきちんとした統制がされていたため、活動しやすくて非常にありがたかった。

熊本地震の一周忌追悼式典にも安倍元総理は出席され、そのあと健軍駐屯地に来られて訓示をしていただきました。総理が記念行事以外で自衛隊の駐屯地などを訪問して訓示をされるのは、過去にもあまり例がないと思うんですけど、隊員を集めて労(ねぎら)いの言葉をいただきました。これで部隊の士気が大いに上がりましたし、隊員たちも報われた気持ちがしたと思います。