2022年7月8日、選挙演説中に凶弾に倒れた安倍晋三氏。回顧録などの関連書籍も発売され、政治家としての実績や人柄などが改めてクローズアップされている。ここでは、自衛隊の伊藤俊幸元海将と小川清史元陸将が安倍元総理の思い出を振り返ります。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 究極のブリーフィング-宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

▲故安倍晋三国葬儀 写真:首相官邸 / Wikimedia Commons

政権を潰す覚悟で成し遂げた平和安全法制だった

桜林 亡くして初めてその存在の大きさを知ることがあると思いますが、2022年7月のあの事件はあまりにもショッキングでした。そもそも私たちは、2月にロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして、7月に元総理の暗殺まで見てしまったわけですよね。日本にとっても、自衛隊にとっても、あまりにも大きな損失だったと思います。

小川さん、伊藤さんにとっての安倍元総理という存在についてお聞きしたいのですが、まず伊藤さんはどういう接点がありましたか?

伊藤(海) 海将になると総理挨拶というものがあるんですね。各級部隊指揮官になると、官邸に行って総理にご挨拶して、2ショット写真を撮る。それから、年に一回、自衛隊の高級幹部会同というイベントがあって、防衛省に総理が来られて訓示されるのですが、その夜に官邸で懇親会が開催されます。そのときに、親しくお話させていただいことがあります。また、それとは別の機会に、妻の昭恵さんには対潜哨戒機「P-3C」に乗っていただきました。

ただ、僕から見ていて一番想うところがあるのは、やはり2015年の平和安全法制ですよ。あれをやれば政権がぶっ飛ぶかもしれなかったのに、それでも押し通した。そのときの答弁がものすごく面白かった。当時の防衛大臣は私の同期の中谷元氏でしたが、総理は「そこは大事なところだから私が」とか言って、防衛大臣を抑えて自ら説明されていた(笑)。全部頭に入っているから、この法案に関する答弁は何も見ずに話されていました。

安倍さんは一議員の頃から、1999年に周辺事態法をつくったあたりから、日本の防衛政策の変遷にずっと関わってこられて、法理論などもすべて理解されていたんですよ。それを端から見ていて、「やっと自民党にもこういう人が出てきたな」と思ったものです。軍事に詳しい石破茂さんとかもいらっしゃるけど、安倍さんは実際の行動に移すことができる立場にもいらっしゃって、それを成し遂げてきた人だというのが、我々自衛官から見たイメージです。

桜林 たとえハレーション(軋轢)が起きるとわかっていてもいろんなことを変える、ということですね。

伊藤(海) あれはなかなかできないですよ。当時、財務省の友人が安倍さんのことをこう言ってました。「財政再建でもあれぐらい熱意を持ってやっていただいたら本当にありがたいんだけど。防衛省が羨ましい」って(笑)。それぐらい他の役所から見ても驚くような熱意だったんですね。

桜林 安倍政権は「アメリカに媚びている」「アメリカから物を買っている」などとしばしば揶揄されていました。それは一面事実かもしれませんが、その前に目を向けなければならないのは、それ以前の(日本の)民主党政権が日米関係をボロボロにしていたということです。

2012年12月の押し迫った頃に第二次安倍政権が誕生すると、新政権は日米関係を修復していく作業から始めなければならなかった。当時は小野寺五典氏が防衛大臣に就任しましたが、やはりそのあたりの外には見えない努力はすごかったんじゃないかなと思うんですよね。

2010年の日米同盟50周年のときには、本来であれば壮大なセレモニーが行われるであろうと思いきや、結局やらなかった。

伊藤(海) 当時の外務大臣は「日米同盟? なんで必要なんだ」と言っていた人ですからね(笑)。

桜林 当時は報道でも安保50周年のセレモニーが行われなかったことについては触れられていなかったと思うのですが、日米関係にとっては大きな出来事でしたよね。

アメリカの有識者のイメージを払拭した講演

桜林 小野田さんはいかがですか?

小野田(空) 私は、伊藤さんや小川さんよりもだいぶ歳をとっているので、私がスリースター(空将)になったときは民主党政権下でした(笑)。したがって、総理挨拶は菅直人総理や野田佳彦総理にしました。

私が安倍さんについて思い出すのは、私が2013年から2015年までハーバード大学にシニアフェローとして行っていた頃のことです。この期間に安倍元総理がハーバードにおいでになって講演をされているんですよ。

2013年当時、ハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)で日本のことをよく知っている教授の皆さんのところに訪ねて話をしてみたら、なんと驚くことに「安倍はhawkish(ホーキッシュ)だ」と一様に言うんですよ。

桜林 タカ派だと。

小野田(空) ハーバード、MITは民主党系だということもあって、非常にリベラルな人たちが多い。その彼らから見ると、安倍さんは超右寄りでホーキッシュだと位置づけられていました。「靖国神社にあんなにお参りしているのはリビジョニスト(歴史修正主義者)だからだろう」と彼らは言うわけです。

私は「いや、そうじゃない。安倍さんはそういうことをしながら中国との関係も築こうとしているから、見ていてごらん」と言って、彼らと激論を交わしたのをよく覚えています。

安倍さんがハーバードのケネディ・スクールという行政学院で1時間ほど講演をされたあとで、学生や教授たちから矢継ぎ早に厳しい質問を受けていましたが、本当に見事にお答えになっていました。それをきっかけに、彼らの安倍さんに対する見方が一変したという印象を私はすごく受けました。それを目の当たりにして、非常に誇らしい思いをしました。

桜林 それはすごく貴重なお話ですね。日本にいるとちょっと知りえません。

▲ケネディ・スクール 写真:Jtm97 / Wikimedia Commons