親が認知症になってしまった。親の預金はあるのに「財産凍結」されて使えない…!? 『北斗の拳』でのケンシロウのセリフ「お前はすでに死んでいる!」は、あなたの、そしてあなたの親にふりかかる現実なのだ。認知症になると、親は自分の財産を自由に処分できなくなります。会計・税務対策の第一人者である牧口晴一氏が、わかりやすく解説します。

※本記事は、牧口晴一:著『日本一シンプルな相続対策 -認知症になる前にやっておくべきカンタン手続き-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

認知症は生きていても「法的な死」になる

「お前はすでに死んでいる!」「えっ!?」と気づくやいなや、断末魔の叫び! おなじみの『北斗の拳』のクライマックスです。笑い事じゃありません。あなたの、そしてあなたの親にふりかかる現実なのです。

これまで相続については「相続が起きたらどうするか?」「どう分けよう」「そうなる前の相続の対策として生前贈与や遺言を……」がテーマでした。つまり対策の起点が相続のときなのです。

しかし、現実には肉体の死よりも先に認知症になるわけですから、相続対策が手遅れになるのです。そして、相続対策以前に、生きているあいだの介護費用にも資金不足(実は預金はあるのに使えない)を起こしてしまい、子どもに負担を強いてしまうのです。

▲『日本一シンプルな相続対策』より

親思いのあなたは、きっとこうお考えでしょう。「いつか親が亡くなったときのために、相続について知っておこう」。逆に親御さんであったなら「自分が死んでも子どもに迷惑をかけたくない」と。

しかし、この「いつか」とは心臓が止まるときでしょうか? いいえ、実際にはそれより約8年(男性)~12年(女性)も早く「そのとき」はやって来る可能性が高いのです。認知症が進み、判断能力がなくなると、重要な法律行為ができなくなります。

認知症を発症すると「老後対策」もできない

そのときが「法的な死」と私が呼んでいるものです。もちろん、正式な法律上の死は肉体の死ですが、あえてわかりやすいように言います。つまり「法的な判断ができなくなる日」が訪れると、もう対策はできません。

認知症になると、親は自分の財産を自由に処分できなくなります。子どもが代わって親の預金をおろすこともできなくなります。老人ホームに入居したあと、空き家になった実家を売却することもできません。

相続後の預金凍結は、遺産分割までの一時のことです。しかし、認知症になると亡くなるまでの平均10年間、親の財産は凍結されるのです。もちろん、他の相続対策である生前贈与も、遺言も書けなくなってしまうのです。

▲認知症を発症すると「老後対策」もできない イメージ:つじみ / PIXTA

下図は厚労省のデータです。「平均寿命」は女性87歳、男性81歳。しかし、自立した生活が送れる「健康寿命」は、それより約10年早いのです。男性72歳、女性74歳です。

▲『日本一シンプルな相続対策』より

厳密には「健康寿命」は即「法的な死」ではありません。しかし、本人が意思表明できないと、財産的にはほぼ同じで、財産凍結されてしまいます。

昔は認知症になってから亡くなるまでの期間は短いものでした。だから、平均寿命と健康寿命の差はさほど問題にはなりませんでした。しかし、延命医療が進み、介護期間は長期化しました。すると、この期間の介護費用の負担が増大して、社会問題になっています。

これと並行して、核家族化が進み、特に“妻”の意識も変化しました。相続人の権利意識も高まり、相続で受ける財産に目が向きます。生前に家族が預金を引き出すことに対して、他の相続人が「勝手に使い込んだ!」と争いになるため、銀行ももめ事に巻き込まれたくないため、引き出しに厳しくなりました。

住まなくなった「実家」も同様で、司法書士も本人の売る意思確認義務があるのですが、認知症ではそれも叶わず、不動産屋さんも法務局も受け付けませんから、売れずに廃墟化が進み、全国的に空き家が問題化しました。

世の中では相続で空き家が増えていると認識していますが、本当の原因は生前に起きているのです。認知症は平穏な生活のなかでも高確率で発症します。厚労省の推計が下図です。

▲『日本一シンプルな相続対策』より

2025年には700万人。なんと65歳以上の高齢者5人に1人の確率、つまり20%です。ところで「法的な死」の原因は、認知症だけではありません。交通事故や脳卒中などで意識不明になることもあります。当然、そうなると本人による法的な行為はできませんから、これらを合計すると「法的な死」になる確率はもっと高いのです。まさに、人生の末期に起こる社会問題です