小学生ひとり旅はまだまだつづく?

時間通りの新幹線の座席に滑り込むと、携帯電話が鳴った。宇佐川さんからだ。

「アンドレ、間に合ったか?」

「大丈夫です。万念先輩に書いてもらった時間通りに坂下までいけます」

「よーし、ご苦労。じゃあ、気をつけてこいよ。渡した金で駅弁ぐらいは買っていいから、ちゃんと昼飯食えよ」

言われてみれば、合宿所を出発する前に朝飯を食べてからは、何も口にしていなかった。途端にお腹が鳴り出す。出発まで、まだ1分ぐらいあるはずと思い、ぼくは一度ホームに降りて売店へいった。

うわあ、駅弁ってこんなにたくさんあるのか。どれにしようか迷ううちに「13時41分発はやて16号、まもなく発車いたします」とアナウンスが聞こえてきた。

▲磐越西線からは磐梯山の雄姿が見られる イラスト:榎本タイキ

結局、ぼくは何も買えずに新幹線の中へ戻るハメとなってしまったが、出発してすぐに車内販売が来たので空腹は満たされた。前沢牛めし、1300円なり。

満腹になると睡魔が襲ってきた。でも眠るわけにはいかない。郡山へ着く前に仙台で、はやてからやまびこ乗り換えないと、そのまま大宮まで停まらずにいってしまう。ぼくは、これだけは絶対に忘れぬようにとコスチュームの入ったバッグを抱え込みながら、うとうととしていた。

仙台での接続も、郡山から磐越西線の「快速あいづライナー」へ乗り換えるのもスムーズにできた。ここから終点の会津若松までは1時間ぐらい。

右手に磐梯山、左手に猪苗代湖を望む快適な旅。途中下車して寄りたいところだけど、そうもいかない。今のぼくは、ラッキーなのか、それとも不運なのかどっちなんだろう。

16時50分、定刻通り会津若松駅へ到着すると、17時1分発の只見線小出行きはすでにホームで待っていた。会津坂下駅はここから8つ目だが、3つ目の会津本郷を過ぎたあたりから一気にローカルな風景となった。

まるで田んぼの中を切りひらくように単線のレールが伸びている。5つ目の根岸と、7つ目の若宮という駅は無人駅なばかりか、あぜ道に小屋を建てたような感じだった。

一日のうちで利用する人は何人いるのか。じいちゃんのところの竜田も十分田舎駅だと思っていたけれど、東北にはもっともっと小さいのがあるんだろう。これまでは車移動だから知らなかっただけで。

きれいな景色も、田舎らしい風景も満喫できたぼくのひとり旅は、とうとう終わりを迎えた。17時45分、会津坂下に到着。あとは体育館に向かうだけだ。

体育館に向かうだけ…あれ? そういえば、駅からどうやっていくのか、宇佐川さんに聞いていなかった。

誰かに聞こうとしたところで、あたりに人の気配はない。タクシーも停まっておらず、駅員室は開いているけれどもぬけの空。扇風機だけが、無人の部屋の中で首を動かしている。

「どこいっちゃったんだろう…次の電車が来るまで、どっかでサボッってんのかな」

仕方がないので、勘を頼りに歩く。途中で誰か見かけたら聞いて、間違っていてもそこから引き返せばいい。

5分、10分と歩いたが、まったく人影がない。自分のことより今日の客数の方が気になってきた。どの町や村にいっても、こういうものなんだろうか。

携帯電話の時計を見ると、すでに試合開始時間の午後6時を少し過ぎていた。ぼくは諦めて宇佐川さんに連絡したが、なぜか留守電になってつながらない。

困ったな。

『アンドレ・ザ・小学生』は、次回4月20日(木)更新予定です。お楽しみに!!


プロフィール
鈴木 健.txt(すずき・けん)
1966年9月3日、東京都葛飾区出身。1988年9月から2009年9月までの21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後は“表現ジャンル編集ライター”としてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆し、50団体以上のプロレス中継の実況・解説も経験。読売日本テレビ文化センターにて文章講座「鈴木健.txtの体感文法講座」の講師を務める。著書にプロレス界の365日分の出来事を一冊にまとめた『プロレス きょうは何の日?』(河出書房新社)、ムード歌謡グループ「純烈」のノンフィクション本『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語20-21』(扶桑社)がある。巣鴨・闘道館にてプロレスラー・関係者を招いてのトークイベント「鈴木健.txt対決シリーズ」を月一で開催中。Twitter:@yaroutxt、<BLOG>『KEN筆.txt』
プロフィール
榎本 タイキ(えのもと・たいき)
イラストレーター、グラフィックデザイナー。5月9日生まれ、愛知県名古屋市出身(東京都在住)。愛知産業大学 造形学部 産業デザイン学科卒業。インターナショナルアカデミー パレットクラブ京都校イラストレーション科修了。2007年「TOKYO illustration」公募入賞ほか、受賞歴多数。2013年 イラストレーション展『HEARTFUL PALLET』ほか、展覧会開催も多数。多くの書籍のイラストも担当。プロレス愛に溢れた作品の数々から、プロレスファンからの人気、信頼は厚く、自身の著書に『プロレス語辞典: プロレスにまつわる言葉をイラストと豆知識で元気に読み解く』(高木三四郎監修/誠文堂新光社)、イラストお仕事で『プロレスきょうは何の日?』(鈴木健.txt著/河出書房新社)、手掛けたグッズに「高山善廣選手 応援クリアしおり」がある。Twitter:@taiki_e、<公式HP>イラストレーター 榎本タイキ