ラジオを始めたことでアイデンティティが安定した
すでに、ヒップホップ界ではイノベーターとして名を馳せていた宇多丸。その一般的な知名度が上がった契機は、ラジオ番組『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)での映画評だろう。
それまで、世の中への鬱屈とした気持ちを抱えていた宇多丸。そんな彼が自身のラジオ番組を持ち、持論を広く発信する場所を得たのだ。それまでのルサンチマンは、果たして解消されたのだろうか?
「俺はもともと、『Front/Blast』で『B-BOYイズム』という連載を持っていて。これはまさに、映画とか漫画とか本とかフィギュアとか、あとはその辺にいるB-BOYの持ち物検査とか、今、ラジオでやっているようなことのすべてを誌面でやっていたんです。つまり、ヒップホップ的発想を使って、トータルで遊ぶっていう。
でも、そういうふうなことをやっても、結局はバラバラのこととして捉えられてしまう。たとえば、俺は『申し訳ないと』という日本語オンリーのDJイベントをやってたんですけど、そのシーンのファンとRHYMESTERのファンは、あんまり重ならなかったんですよね。自分としてはどちらも同じ発想から出発した「面白いこと」なのに、それぞれまったく別のものとしてしか捉えられず、バラバラでしか認識してもらえない。要するに、俺のことをトータルで理解してくれる人が誰もいないという状況に、すごい孤独を感じていました。
だけど、ラジオを始めてからはそれら全てをひとつの場所にまとめ、“これが私、宇多丸のやりたいことです”という感じで、ある種の“自分ジャンル化”をすることができ、ようやく俺をトータルで理解してもらえる場所が持てたというか。そこで、今まで持ってたフラストレーションは全部解消されました。この時点で40歳ぐらいになってましたけど、そこで初めてアイデンティティが安定したというか」
『ウィークエンド・シャッフル』を初めて聴いたとき、筆者は驚いた記憶がある。固定概念としてあった、いわゆるラッパーらしいトークではなかったからだ。そこに、良い意味で違和感を覚えた。
「それまで、ラッパーらしくない自分はヒップホップシーンで居心地の悪さを感じてました。それこそ、小中学校の頃と同じ居心地の悪さを大人になっても感じてる自分に気づき、愕然としたんです。格好ひとつ取ったって、“なんで、細いパンツはいてんの?”と言われる時期があったわけだから。“うわ、学校みてえ!”みたいな。
でも、それが全部解消されて、もう“らしさ”を気にせず、自分の考える面白さを全てぶちこめる場ができて。しかも、それがある程度は評価も……まあ、数字はだいぶついてくるの遅かったですけど。(番組スタッフに)苦労しましたね(笑)。だから、そういう場をもらえて、ようやく40歳で“ここから好きなようにやれる”と思えるようになりました」
「好きなようにやる」の精神で完成したニューアルバム
2023年6月21日に、RHYMESTERは『Open The Window』をリリースした。コロナ禍を挟んでの、6年ぶりのニューアルバム発表だ。
「そもそも、アルバムを作ろうと思って作り始めた曲ばかりではないんですね〔宇多丸のラジオ番組のオープニング曲、アニメ主題歌、すでにリリースされたシングル曲などが収録されている〕。全部、バラバラの曲たちだったので、途中でアルバムにしてまとめようとなったとき、最初は“まとまりないなぁ”と思ってたんです。
ただ、新曲を作っていくなかで『Open The Window』というキーワードを思いついた。曲としては反戦歌なんですけど、そこにもっと射程の広いメッセージを込めようとしていく過程で、つまるところ自分は“風通しをよくしたい”んだな、風通しをよくするのが世の中をマシにしてゆく第一歩だという、それだけは自信を持って言えるだろう、という考えに至り。もっと言えば、今回のアルバム全体がそういうことなんじゃね? という事実にも気づいたんです。
ラジオで毎日聴く曲を作るのも、子ども向けの番組の曲を作るのも、全部、俺たちにとってのOpen The Windowだったんじゃないか?って。しかも、コロナや戦争を挟んで、それが必要な時期だったし。
“この時代はこうです”と答えが見えたようなアルバムを作るのは無理だったし、したくなかったというか。こっちだって、その日その日を生きてるんだから。だから、ゴールを設けて作るというやり方は向いてない時期だったと思います。むしろ、振り返って“こういう時期だった”と言うほうが、らしいというか。で、それを括るとしたら『Open The Window』だったっていう」
それにしても、RHYMESTERほど毎作品やっていることが変わるグループもめずらしい。『Open The Window』からして、まさにそうだ。
「もちろん、ファンのことは大事にしてますけど、作品づくりの段階ではファンが期待しているものとかは、あまり考えないようにしているというか。なので、相変わらず好きなようにやる。やっぱり、健康で長生きするのに何が大事かというと、“好きなようにやる”ですよ。小中学校みたいに、なんでイヤなところにいるの? いなきゃいけないわけじゃないのに、みたいなことをできるだけしない、無理しない。で、嫌いな人と一緒にいない。そして、チャンネルを多く持つ。
子どもの頃の俺が、クラブとか学校以外の世界に救われた感じですよね。元いた場所に不満があるなら、別の理想の場所を作る。ラジオを始めてからは、その考えにすごく確信を持ちました。好きなことをやればいいじゃん、みたいな。だから、今後もその方向でいきますよ。50歳を迎え、言ってしまえば無限に時間があるわけじゃないこともわかってきたので。
あと、一番大事なのは、番組を続けるってことと、RHYMESTERを続けるってこと。続けることだけでもすごいことなので、まずはそこですね」
(取材=寺西ジャジューカ)
〇RHYMESTER - New Album "Open The Window" (Teaser 2)
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