音楽プロデューサーでベーシストの亀田誠治。彼が主催する音楽イベント「祝・日比谷野音 100周年 日比谷音楽祭 2023」が、6月3日から4日にかけて東京の日比谷で行われた。この音楽祭は「無料」のイベントというのが大きな特徴だ。

実行委員長である亀田は、数多くのアーティストのプロデュースに関わり、自らもベーシストとしてステージに立つ日本の音楽シーンを牽引している存在。この音楽祭も、そういった華やかな流れのなかで生まれたものと思いきや、実現するまでには大きな「クランチ=土壇場」があったようだ。

▲俺のクランチ 第29回(前編)-亀田誠治-

「無料」の音楽祭の開催を決めたニューヨークの光景

音楽業界で多岐にわたる活躍を見せていた亀田誠治が、音楽祭の開催を考えるようになったのは2016年夏、 “武者修行”に訪れていたニューヨークで見た、とある光景だったという。

「50歳を迎えた僕は、アメリカにいるプロデューサーや作曲家さんと、曲作りについて話し合ったり、本場のミュージカルに触れながら、次の活動に向けた日々を過ごしていました。そんな充実した日々を過ごしているときに、ニューヨークのセントラルパークあたりを歩いていると、楽しそうな音楽が風に乗って聞こえてきたんです。

その音に向かって進んでいくと、僕みたいな観光客、老夫婦やベビーカーを押している親子など、フリー(無料)コンサートを見るためにさまざまな世代の方が列を作っていたんですね。その豊かな光景に僕は凄まじい感銘を受けたんです」

ニューヨークで目にした光景は、その頃の亀田が感じていた音楽シーンに対する疑問に対する答えを導き出すものでもあった。

「その頃の日本では、さまざまな特典が付けられたCDの販売が主流になっていましたし、僕自身もファンの方がコンサートの途中で会場を抜けて、グッズ売り場を目指して走っていくような光景を目にすることもあって。本来は一番の主役であるはずの音楽そのものが、置き去りにされているようにも感じていたんです。

音楽を取り巻く環境にモヤモヤした思いを感じていたからこそ、音楽を聴くために自由気ままな一日を過ごしているニューヨークでの光景は、とても印象に残りました。そして、こういうイベントを日本でも開催できたらな、という思いが日に日に強くなっていきました」

直前で延期になった幻の第0回

「いつか日本でも、ニューヨークのような音楽イベントをやってみたい」という亀田のところに、日比谷音楽祭のオファーが舞い込んできたのは、それからすぐのことだった。

「最初は“やった!”と思いました。自分がやりたいと思っていたことが、こんなにもすぐに実現できるなんてね。でも、実際に話を聞いてみると、依頼してくださった主催者の方は、有名アーティストを集めてチケットやグッズを販売して収益をあげる、いわゆる一般的な形でのフェスを開催することをイメージされていて、僕が考えていた音楽を生活に根付かせて文化の裾野を広げていく趣旨のものとは、かなりのズレがあったんです」

思うようにスポンサーが集まらないなかで、亀田と主催者による話し合いは平行線を辿り、本番の数ヶ月前には広告代理店がプロジェクト離脱。予定していた2018年の開催を直前で見送るなど、開催に漕ぎ着けるまでには、さまざまな土壇場を経験することになる。

「なかなかスポンサーが集まらなかったんですよね。それにどうやら、僕がどこかで無料開催を諦めて、有料の興行に切り替えると思っていたみたいなんですけど、僕自身の思いは変わることはなくて。“もう1年あれば、絶対に素晴らしいものを作りますから……あと1年だけ時間をください”と主催者にお願いして、開催を1年延期してもらうことにしたんです。

そして、同じように参加を決めてくれていたアーティストたちにも“待ってほしい”と伝えました。ありがたいことに、みんな賛同してくれて。そのおかげで第1回目はスムーズに準備できたので感謝しかないです」

▲日比谷音楽祭2023 「日比谷YORU喫茶」の様子 写真:日比谷音楽祭実行委員会